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介護を経験されている皆さん、希望や楽しみを見つけて、一緒に元気に頑張りましょう


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母の白髪染め

この間 母をお風呂に入れるときに、お風呂で白髪染めをしました。

染めてから 湯船に浸かってもらうのですが、それだと どうも時間が短すぎで。

爪をつんでくれと言われていたので、お風呂で全部やることにしました。
母の爪は 硬くて ピンピンとあちこち飛ぶので、部屋だと踏んでも危ないし ラムが食べてもいけないので、爪切りは今は入浴時にやることにしています。

以前書いた このニッパーが母の爪切りには重宝です。
よく切れるので先にちょっと触れただけでも血が出るので、取り扱いはかなり気をつけています。
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母は指が曲がっていたり 爪が変形していたり巻き爪だったりで、とにかく大変です。
爪をつんでくれと言われると、私も目が悪いので憂鬱になります。
それでも これがあればなんとか切れます。

先に髪をカットして毛染めの液をつけてから 爪を切れば、少しでも時間が長くなると思いました。

さあ 今回は黒々かな なんて思ったのですが…

「うわっ (゚o゚) なんで こんなに茶色なの! いつもより時間も長かったのに 」

「これじゃ まるでオランウータンだあ (;^ω^) 母はわからないから内緒内緒💦」

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4番の色だったのですが、何度か残った液を使っていたので 薄くなっていたのかもしれないです。
大失敗! (^^ゞ

安くなっていたので母の服を買いました。
Lサイズですが、かなり伸びる生地だったので、おデブな母でも着れました。
1・2回お医者さんへ行く時に着るくらいですが、きれいな服もあったほうがいいので。
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早速 「どんなのか」と聞かれました。
キラキラを手で触らせて、「赤と黒の花模様で キラキラがいっぱいついているんだよ」 と言いました。
やっぱり赤とキラキラには嬉しそうでした。

母の通院日

今日は母の内科の通院日でした。

今日は小雨が降って、風が冷たくて寒かったです。

今日は すごく混んでいました。
それでも 予約で30分待ちくらいだったので良かったです。

母は特に変わったこともなく、血圧も124と74で落ち着いていて 大丈夫でした。

今日は いくらか楽な気がしました。
この もも太くんのおかげかもです。
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椅子を倒さなくても この後ろの狭いスペースに、(ハンドルも折りたたまなくても)車いすが立てたまま入り 車いすの乗降も楽でした。
今までは 普通のカギだったので、運転席から鍵を開けて 助手席のドアを開けて母を乗せていましたが、今度は 鍵がバックに入っていれば 助手席のドアのボタンを押すだけで 簡単に開くので、それだけでもずいぶん楽な気がしました。

帰宅してから 母がトイレへ行っている間に片付けをして、お昼を食べている間に 薬のチェックなどして、朝出かける前はバタバタしていたので、帰宅してから掃除洗濯をしました。

午後 茨城の二女夫婦が家に少しだけ寄って帰りました。
婚姻届けを出した日から昨日で1年
それで、披露宴をしたところで記念の食事会のサービスがあり こちらに来ました。
プランナーさんや 式を挙げた大本願 一部の方の引きものようにお願いした 松代焼の窯元さん 美容師さんなど お世話になった いろいろな方にお礼に回ったようです。

昨日は木曽に泊まったようですが、そこにキジがいたと写真を見せてくれました。
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なんだか オス同士 縄張り争い的なものか 喧嘩をしていたようです。
キジは 茨城のアパート近くにもいるそうです。
こんなカラフルな色の鳥が見れたらラッキーな感じですね。

遅くならないように 早めに帰っていきました。

ちょっとバタバタな1日
またすぐ夕飯の支度になっちゃう (^_^;)

4年

今日で母が来てから4年になります。

今日はお赤飯を炊きました。
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朝 「今日で4年だよ~」 というと 「今日やったか ハハハ~ まだ生きれるかな」 と、笑っていました。

来たばかりの時はいつも 「1年生きればいいかな、5年は生きれん」 と言っていた母ですが、あと少しで5年なんてびっくりです。
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母を迎えに 病院へ行ったとき、どこにいるかちらっとベッドを見て、「間違えた」と思うほど 別人のように変わり果てていました。
頭は真っ白 肌はがさがさ 手は針のあとで紫色になっていて 痩せて小さくなっていました。

わずかに見えていた目もまったく見えなくなっていて、歩かせるのもやっとやっとで、ずっとつきっきりの介護を覚悟しました。

一人で必死に家財の片付けをしたり いろいろな手続き 食事の用意や 母の世話 トイレが間に合わず 紙パンツからはみ出してあちこち汚すことも何度かありました。
夜は1時間に1回起きる母のトイレで睡眠不足 私もふらふらでした。

あの時すでに私は病気にかかっていたのだと思います。 ふ~っと倒れそうになることもあり危険を感じました。
でも知らなかったから 頑張れたのだと思います。

母も私も よくこの状態で長野まで来れたと、今でもびっくりです。

愛媛の3月は もう 菜の花も桜も満開で、長野とは別世界のようでした。
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亡き父や 両親が大事にしてきたすべての物や家 大切な人たちと別れを告げ長野へ
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後ろは山やミカン畑、前は海がある田舎町です
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ほとんどが高齢者になってきて、介護問題も深刻です。
ミカン農家も 漁業もやめてしまう所も多くなり 空き家も目立ちます。
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連れてきたら お風呂に入れてきれいにして 髪も染めたり 以前のようにふっくらさせなきゃ!と思いました。
そして 今は病院で見た母ではなく、つやつやおデブな母がここにいます。

最初 慣れるまではかなり大変な毎日でしたが、そこで頑張ったのもあって 今があります。
とりあえず今は私も布団でぐっすり眠ることができています。
短時間なら外出もできます。

つきっきりの介護を覚悟していましたが、今のところ 自分の時間も持てています。

この先どうなるかわかりませんが、まだまだ元気に長生きをしてほしいです。

いろいろこだわりがあって、持ってきたものや服 母はすべて忘れているというか、今の生活に必要を感じていません。
洋服や毛布なども赤やピンク花柄と 明るいきれいなものを好むようになり、新たに買ったりしたので、結局何もいらなかった感じです。

寝たきりにならないように 鬼娘は 時々気合を入れながらがんばりますよ~!

母の歯医者へ

母の部分入れ歯の金属部分が壊れてしまったので、今日は母を連れて歯医者へ行って来ました。

昨日の雪で心配でしたが、今朝は晴れて 道路の雪は融けて乾いていたので ほっとしました。
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今日も もも太くん よろしく~

もも太くん(タント)は ドアが大きく開いて、高さがあるので 母が乗り降りするときも 頭をぶつけることもなく、なかなか具合がいいです。 降りるときも椅子が高くてどうかなと思ったのですが、逆に高いので立ち上がりがスムーズな気がします。
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入れ歯は 作り替えるつもりでしたが、壊れた金属部分だけ直せば使えるということで 良かったです。

歩いて行けるくらい近い歯医者さんなのですが、階段や段差が多いので 連れて行くのは大変です。
以前 ひっくり返って危なかったことがあるので、気をつけないとです。
階段は 左で手すりにつかまり右手で杖を持って 段を自分で確認しながら慎重に下ります。
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よろけた時に 母の体重を支えきれず 一緒に転倒してしまうので、踏ん張れるように 足は 前後に開くことにしています。

立ち上がりも なかなか立てないとき、ズボンのお尻の上の方を引っ張ってあげるのですが、お相撲のまわしのようなものがあれば持ちやすいのになと思っちゃいました。

土曜はまたまた私の眼科です(・_・;)

このところ 入れ歯ががたがたすると毎日のように言っていて(壊れる前)、 「足のここが痛とうて、腫れとらんか 赤くなとっらんか」と大騒ぎの母
「赤くも腫れてもないよ、神経的なものじゃないの」 と言っても、自分では見えないので納得しません
やっぱり マッサージの方が見えたときに 同じことを聞いていました。
私と同じことを言われ、ようやく言わなくなりました。

次々いろいろ言うので、「私の方が よっぽど調子悪いよ」 と言うと、「そうか、手抜きせんといけんよ、お前は手抜きしないで頑張るから」 と言われました(^_^;)
『手抜きをしたくても 呼んではいろいろ言うのは誰かな~』 と心で 言い返してました(;^ω^)

今度は指

昨日は風邪をひいて 薬のことで大騒ぎな母でしたが、昨日今日とお昼に作ってあげた、たっぷりショウガ汁とはちみつ入り紅茶が嬉しかったのか、「ありがとう」と言って 落ち着いた様子でした。

それでホッとしたのもつかの間、今度は右手薬指が うづいて痛い痛いと大騒ぎでした(-_-)

「うわぁぁぁぁぁ アンアンアン」と 私がいる時に泣いて騒ぐ母 (私と同じで涙が出ません)

いつもどこかが痛くなってはこうなので、これはもうお医者さんでもどうしようもなく、そのために痛み止めの薬も飲んでいるわけで、私に言われてもどうすることもできません。

母の指は 使いすぎのためか、関節が曲がってしまっています。 でも、今までリウマチと診断されたことはないです。

この激痛は よくわかります。
私も少し前まで、右手小指の第一第二関節が腫れて 激痛が走ったので。 触れただけでも うっ!となる痛みです。
『私も母のようになってしまうのかな…』 不安もあります。

右手小指が痛くてもギターは弾けるので 小指で良かったです。
寝る前に 細く切ったシップを巻いておきます。
そうしたら ギュッと曲げることはできませんが、激痛はなくなってきました。

それで母にもやってあげたのですが、触るのも「痛い!」と騒ぎ、シップも 「シップすると余計痛うなる」 とまた文句を言う母
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シップが嫌なら どうすればいいの~!って感じです。

「シップをすると余計痛くなるという意味がわからないよ! いつも肩や背中にべたべた貼ってシップ大好きなのに、なんで! 痛いのはわかるよ、私もそうだから。 もう治しようがないんだから しかたないじゃない、がまんしなきゃ! 私だって辛くても頑張ってるんだから!」

そしてシップを巻きましたが、いつの間にか自分でとっています(・_・;)

わずかに見えて一人で頑張っていた時は、我慢強くて こんなことを言う母ではなかったのですが。

でも娘だから 可愛そうと よしよししないで、気合をいれます!
そうでなければ この先介護が大変になるだけなので、意志をしっかり持ってもらわないとです。

ついに母も風邪

週末は 結婚式やギターポポの今まで私が作った動画がテレビで見れるように、またDVDを作っていました。

興味を持って見たいと電話をくださった、夫の東京や千葉にお住いの叔母さんたちなどにあげたくて二人で頑張りました。
皆高齢で、パソコンで見ることができず あきらめていたのですが、テレビで見れるようにDVDにできたので、今回送ってあげようと思いました。
おしゃべりするインコを可愛がっていたこともある叔母さんなので、楽しんでくださるかなと。

完成したのを見て、懐かしくて 「ポポちゃん かわいいな~(親ばかで💦)」 と何度も言っちゃいました。
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今朝 雨だか みぞれだか 雪だかわからないような天気の中、できたものをレターパックに詰め込んで 郵便局へ持っていきました。
送ると言っておきながら、苦戦してなかなか送れなくて1か月もたってしまったのが 気になっていたので、ほっとしました。

濡れたコートを脱いで、マスクをとって
「あれ、使い捨てマスクって こんなに水をはじくんだ~」 と、こんなことでばかみたいですが、驚きました(^_^;)
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こんな天候の中 1羽だけまた せっせせっせと食べているお方が…
あまりに美味しそうに食べるので、可愛く思えてきました。
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こちらは いつ見ても可愛いです。
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チュンたちに ヒヨにメジロ みんな競い合って食べているのですが、来るときは一緒の頃来て、がらんと誰もいないときがあったり… いないときにゆっくり食べればいいのにと 思っちゃいます。

週末、夫も喉と頭が痛いと言って 少し休んでいました。
私もなかなか治らなくて。
風邪薬はあまり飲みたくなかったのですが、昨日それぞれの症状に合う薬を買ってきました。
初めて飲んだこの薬、効いたようです。
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朝起きるとまず鼻をかんでいたのですが、久しぶりにスース―しました。
まだ鼻は出ますが、今まではかんでもかんでも 詰まっている感じで頭もぼやっとしてだるかったのですが、今日はすっきりしています。 鼻も免疫たちが闘ってくれた残骸なので 仕方ないです。
ただ 今度は私も少し喉が痛くなってきました。

困ったのは母です
朝いきなり 「風邪ひいた 鼻水と咳が出る」 と言いました。
「あ~ついに…」
家に来てから ほとんど風邪はひいていなかったのですが、ひとたび何かあると大騒ぎになることが想像できました。
特に熱もなく 咳き込んで苦しいほど咳も出ていなく、鼻もかむほどでないです。
よほど私の方が重症です(^_^;)
まだ軽くて良かったのですが、朝から 「(実家の)薬箱にいっぱい入っとった薬があるやろ、シャカシャカいう薬で、英語の名前の」とまた言い出して
「そんなの持ってきてないよ ほかの薬でいいでしょ」
「あれが よう効くんよ! 思い出した、PLっていう薬 あれを飲むとどんな風邪でもようなる」
「そんなのないよ、ないから叔母さんが持って来てくれたんじゃない、何年前の薬だと思っているの」
「薬箱にいっぱい入っていたのに 持って来んかったんか」
「だから無いって言ってるのに!(実家の)片付け 私が一人でやっていたのに、薬箱のそんな細かいことまで やっていられるわけがないでしょ!」
そして納得してくれた母です。

それで、薬でなくて体の中からと思って、機嫌直しに(^_-) これを作ってあげました。
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このくらいのショウガを擦って、紅茶に たっぷりの搾り汁とはちみつを入れたものです。 (母と私2杯分)
かなり辛かったですが のどから温まり 母は「美味しい」といって、ほとんど飲みました。

ふ~

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母の眼科へ

今日は今年初の 母の眼科通院です。

夫が午後休みをとってくれて、今日も乗せて行ってもらいました。

まだ雪が融けていなかったり、私の目も まだまぶしくて目を開けていられなかったり、体調も悪かったりで お願いしました。
大きな道は融けていましたが、それ以外は雪がぼこぼこ状態で、車もかなり揺れました。

母は 「こんな寒くて雪の日に」と不満そうでしたが、私は こういう日の方が すいているのではと思っていました。

ほんとうにすいていて、早く帰れました。

母の目は もう良くなることはなく、今の状態より(といっても ほとんど見えていなくて、目の前で手を動かしたとき なんとなく左右か上下の動きが感じる程度です) 悪くならないように、今までと同じ目薬をさすくらいです。

車が変わったので どうかなと思いましたが、なんとか乗降できました。
スライドドアで乗りやすいかなと思っていましたが、後部座席だと 高すぎて座れないので、結局前に乗ってもらいました。
今までと違って、少し高いので 見えない母には大変かもしれないです。
でも 広く天井も高いので 頭もぶつけにくく 良さそうです。
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スーパーの駐車場も こんなに雪が高く積まれていました。
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後部座席から
やっぱり 雪道トラウマの私には 無理そうです。
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とりあえず 眼科が終わってほっとしました。

庭は 今日も朝からにぎやかです。
このチュンたち、ミカンまで食べ始めました。
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この集団は家族なのかな?
ワッと来て、ワッと帰っていくのですが、リーダーは誰なのかな…
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ヒヨポンも一緒に食べていました。

メジロも また来てくれました。
メジロもリンゴを食べるようです。
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チュンたちがいても 入り込んで食べていました。
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雪が降る中 たくましいなあ

そして、今日 現れました

チュンたちを見つめる後姿

最近来なかった野良猫が…

鳥さんはだめだからね! 危なくなったら窓を開けますよ
カメラ間に合わず
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この太いしっぽは、以前見覚えがあるあの猫…

雪がやまないです
また夜に積もるかなあ…

ならば またキャンドルを灯して 明るくしちゃいましょう~
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ありがたいです

以前 近くの牛乳屋さんが 「試飲をしてみてください」 と、何本かいろいろな種類を置いて行かれました。

私の性格上、受け取ったら 申し訳なくて頼まざるを得なくなるのがわかっていたので、私はいつもお断りをしていました。
牛乳なら スーパーでパックのものを買えば済むので、特に必要には思っていませんでした。

でも私が留守中、夫が 『ただで飲めるなら』 と安易に受け取ってしまったんです。

「ああああ~今まで断っていたのに… どうしよ 断れない… (瓶を取りに来た時に夫は)いないからいいけど、私が困る…(-_-)」

受け取ってしまった以上、飲むしかないと 飲んでみたら、
「ん、 牛乳や食べるヨーグルトだけじゃないんだ! R-1もある、これなら頼んでもいいかも!」

そんなわけで頼むことにしました(^_^;)

取り忘れや、外出の時など 気になってしまって面倒なので、毎週月曜日に 夫と私で3本ずつ まとめて6本をお願いすることにしました。
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なのになのに、先日 すっかり忘れてしまいました(゚Д゚;)

夕方 ピンぽ~ん と鳴ったので出ると、牛乳屋さんが!
眠くてボ~っとしていて、『えっ、何? 代金は口座振替だし… えっ、なになに…』 と、配達の方を見てもまったく気づかない私

「取り忘れていたので…  最近取り忘れているお宅が多くて、もう一度確認に回っているんですよ」 と。
言われて初めて 八ッ!としました (・_・;)

配ってしまえば、受け取り側の責任ですが、こうして2回も回ってくださって、なんていい方なのかと思いました。
ほんとうにありがたいことです。

そのあとふと思いました。

『一人暮らしの高齢者など、これいいかも!』

私たちもいづれ一人になってしまうでしょう
その時に ずっと気づかれないでいたら…

新聞などは 腐る物ではないので、旅行などで留守をしてポストにたまっていても それほど急いでどうこうというものではないかと思います。
でも牛乳屋さんは 必ず次のを入れに来てくれて、その時に前のがずっと残ったままなら 気になると思うんです。
倒れていたり 発見してもらえるかも…
取り忘れでもなんでも、声をかけてくれることが ありがたいことだと思いました。



Yahooニュースの記事に、「安楽死 橋田壽賀子の覚悟」 というのがありました。

91歳の橋田壽賀子さんが 終活や安楽死について語っていたものです。

私も両方の実家の家財の片付けなどいろいろ見たりやったりして、最近そういうことをすごく考えてしまいます。

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橋田さんは 「認知症になった場合を考えると恐ろしくてたまらない、誰にも迷惑をかけないで安らかに逝きたい」 ということで、スイスに安楽死をさせてくれる団体があることを調べて、少しでもそうなってきたら 連れて行ってほしいと言われているそうです。

「お葬式はしなくていい、戒名もいらない、お墓は今治の両親のお墓に」 と。
成年後見人も顧問弁護士に依頼され、介護 看護 財産の管理処分をすべて託されたとのことです。

2年前から 終活を始め、たくさんの本は、熱海市の図書館に寄贈、資料としてとっておいた新聞の切り抜きはすべて捨てて、たくさんのメガネは発展途上国に贈る団体に寄贈されたそうです。

洋服やバックは全部処分
宝石・絵画・時計は 亡くなってから処分してもらうことにしてあるそうです。

手放せなかったのは。脚本の原稿とビデオテープだそうです。
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読んでいて、こんなに考えられていて すごいなと思いました。

そして、「死」を考えると、 どんなに高価なものも価値がなく、何もいらなくなるのだなあと 私も一時そういう思いをして感じたので、つくづく思いました。

その時には、「(楽しかった)思い出と(あとの心配がいらない)安心」 だけが一番なのですよね。

母の誕生日

今日は母の89歳の誕生日です。

90歳まで あと一つ、頑張ろう~ ( `ー´)ノ

朝から 家族のほか マッサージの先生やケアマネさんにも おめでとうを言っていただいて、母は嬉しそうでした。

鬼娘の私からのプレゼント

じゃ~ん

今治マフラータオル ヽ(^o^)丿

なんでタオル? と思われるかと思いますが、
母にとっては 携帯電話くらい ないと不安になるものなんです。
トイレへ行く時も ご飯を食べに来るときも いつも首にかけて来ます。
落としたり 見当たらなくなると、 「タオルが見当たらんようになった 困ったな」 と それはそれは 大騒ぎになるんです。
首の保温や 汗をかいたときなどに使っていますが、タオルがないと かなり困るようです。
それもベッドに必ず2本置いていないといけないんです。

そういうことで、首にかけられるように マフラータオルをネットで探しました。
吸水性抜群の今治マフラータオルがあったので、4色購入しました。
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母は喜んでいました。
見ることができないので、洋服よりも嬉しそうでした。
早速腰に巻いて長さを確認して、「これはいつものより長めやな」 と言っていました。 
「色は何色か」 と聞くので、(今やっているのは)「赤」と言うと、「赤は大好きや~」と 喜んでいました。
母が着ている物も 周りにある物も、地味な色ばかりで 今まで赤は存在していなかったのですが、ここへ来てから 赤やピンクが好きなことがわかりました。
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昼は イチゴショートケーキを

夜は 夫が ウナギを買ってきてくれました。
母は「美味しい~」と ペロンと平らげました。
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今日はとってもご機嫌な母でした

母の通院

昨日は雨も降って天気が悪かったです。
在宅マッサージをやっていただいている時に急に 『そうだ!こんな時に 眼科へ連れて行っちゃおう!』 と思いました。
いろいろ忙しくて いつ連れて行こうかと迷っていたのですが、雨が重い腰を上げてくれました。

『月曜で混みそうだけど、天気が悪いから 少しはすいているかも』

そう思ったら、マッサージが終わるとすぐに母に 「今から行くよ」 と言って、支度をして母を車に乗せました。

「雨が降りよるのに…」と 文句を言う母
雨は小雨 母は車に乗っているだけ、駐車場からわずかな距離を歩くだけ

ということで、さっと連れて行きました。
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母の目は 変わりなしです。 白内障があるため さらに見えなくなっているようです。

午後の診察が始まる時で、運よくすいていて 診察から薬をもらって帰るまで30分くらいで終わりました。
『どうだぁ~』 と言った感じです(^_-)
早く終わっても 私は疲れます。
またすぐに夕飯と 母をお風呂にも入れなくてはいけないです。

やっと座ったと思ったら、トイレから大きな声で呼ばれて、何事かと思ったら 「手が蚊に刺されたみたい どうかなっとらんか 血がついとらんか」と。
『蚊に刺されただけで呼ばないで…(-_-)』
実家では 裏が山や畑で、いつも戸を開けては 蚊がいっぱい入って刺されて、平気だったのに 大げさだなあ…

夜 ゆっくりしようと思っていたら、またまた長女が いつもより少し早い9時ころ家に寄って

そうしたら様子がおかしく、また具合が悪いようで 「吐き気がする 気持ち悪い」と床に倒れこみました。
自分で動くこともできないほど 気持ちが悪いようで、「寒い 寒い」と震えだしました

それで、バケツだ毛布だ 水だと 大騒ぎになってしまいました。

この間の 胃痛で緊急医へ行ったこともあるので 気になりました。
嘔吐して 動く力もなかったので、床に長座布団を敷いて そこに寝かせ掛け布団をかけそこで寝かせることに。
熱も38度以上出始めました。そのあと今度は暑くなってきて 風邪のような感じです。

もういい年齢なのですが、具合が悪い辛さや どうしても明日仕事に行かないといけないということや、どうしようもない現状に精神的にパニックになって泣き出したりで 心配でした。

それで昨夜は私も 一緒にリビングの床で寝ました。
浅い眠りの中、夜中4時頃 トイレの中で大きな声で歌を歌う母 ←昼間グーグー寝ていて昼と夜が逆転しています。
『こんな時間に歌わないでよぉ(>_<)』 と嫌になっちゃいます。
よく眠れず 私もふらふらです。

朝 長女は熱が37℃に下がって 「良かった 仕事行ける」と出かけました。
それでも まだ気持ちが悪い感じで。
しばらくすると やっぱりだめで 見かねて午前中に病院へ行くようにと言われ帰ってきました。
そして病院へ行きました。

今朝は 母の内科通院の日です。 ただでさえ通院の朝はバタバタと忙しいのに、私も寝不足と疲れでさらに大変になりました。

今日は天気もよく気持ちがいい日だったので、母に 「車いすで行くよ」 というと、やっぱり 「やあよ!風邪ひくわ」と 言い出す母

「お日様や風にも当たらないと! それに私が大変なの!」 「もういいわい!」 と投げやりな母 
そして車いすを押して出かけました。
風邪をひくどころか、気温も上がって暑いくらいでした。

今日は 母の血液と尿検査もあるので早めに行きました。

診察のほか、何度も来るのが大変なので インフルエンザの予防接種もしてもらいました。
電話で聞いたとき、まだ早いと言われましたが、去年も10月13日にやっていて 流行りはじめの時期とピークの時期に効果があればいいかなと やっていただくことにしました。
でも インフルエンザ予防注射の薬が 一ビンで二人分らしく、「できれば二人でやってほしい」 と言われました。
『なんでペアでないと いけないの… 一人分ずつでないの?』 と思いましたが、母を何度も連れ出すことを思えば 私がやったほうが楽と、私も受けることにしました。
インフルエンザにはなったことはないのですが、たまたま予防接種をしたとき 接種あとが腫れて痛くなったり、逆に風邪をひいて長引いて大変だったりしたので、最近はやっていませんでした。

幸い 今日は 接種あとが 赤くも腫れも痛くもなりませんでした。 どうしてか不思議な感じです。

母の検査結果も良好で 血圧も124と74と とても良かったです。

今日は救急車が2台来たり 混んでいて、かなり待ちました。
よく寝ていないので、またまたコックリコックリしてしまいました。

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ため息をついたり 「疲れた疲れた」 という母

『準備に片付けに 体調が悪い中 連れて行く私の方が どれだけ大変で疲れているか』 と言いたくもなります。

帰宅してすぐ 母にお昼を食べさせて、薬の確認をしたり片付けをして ほっとしたところへ、長女も病院から帰ってきました。
病院であっちこっち行かされ歩いたようで、「逆に具合が悪くなった」 と、午後からの仕事に備え 寝ていました。

私も疲れて寝ました。
長女もまた熱が出てきたようですが、仕事に行きました。
仕事がハードで これからも心配です。

とりあえず 眼科と内科の母の通院が終わっただけでも ほっとしました。



今 17:25頃 今年も子供みこしがやってきました。
そして 家の前で 元気に 「家内安全わっしょい わっしょい!」 してもらいました。
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二女の結婚式も無事行えるように、そして長女にも元気になってもらわなくっちゃ!



長女は結局今日は仕事ができなかったとのことです。

今友達とのラインで、ちょうど前日に何人かで遊びに出かけて その友達がみんな 熱が出て 吐き気など同じ症状で病院へ行ったそうです。 その時飲んだ湧き水が原因だったのかなと言っています。

息抜き

このところ母は、体のあちこちが痛いようで大騒ぎしています。

毎日朝から晩まで、「手が痛い! 足が痛い! 肩が痛い!腰が痛い!」
私がいれば ずっと言っています。 ベッドに戻っても 大きな声で独り言が聞こえてきて。

「ここ見てくれんか、赤くなっていないか 傷になっとらんか」 と見せるのですが、 全然普通で 「赤くも腫れてもいないよ!傷にもなっていないし」 と言うのですが、私が面倒で適当に言っていると思うのか納得いかないらしく、今日もマッサージの方にも見せていました。
マッサージの方も 「大丈夫ですよ、なにもなっていませんよ」 と同じように言ってくれたので助かりました。

母は 「痛うて痛うて、こんな足切ってしまおうか! 死なな治らんか」 などと、わざわざ私に聞こえるように言います。

そうはいっても、誰もどうすることもできないです。 
怪我や病気でもないので、病院でも痛み止めのリリカやシップを処方するしか なにもできません。
まして、私が治せるわけがないです。

泣いてみたり(涙は出ません) 母はオーバーすぎるくらいで、これをずっとやられているとさすがに ストレスがたまってきます。

母が「痛い あ~ぁああああ」 というたびに、私の神経に響く感じで、たまらないです。
『少しは我慢してくれないかなあ… できるだけ心穏やかにしていないとまた精神的に病気になっちゃいそうだよぉ(>_<) 私のことを心配するなら、大騒ぎしないでほしいよぉ』

母は昔から 万年危篤病と父が呼んでいたくらい、常にどこが悪いとばかり言っていました。

22歳で結婚してからどちらの両親も頼れず、必死に働きながら子育てをして やっと少し楽になるかなと思ったら、人のことでいろいろ背負わされて苦労して、そして両方の親の介護などで、そんな私に比べたら母は幸せな人生だったと思います。

私が病気もしなくて 以前のように 「健康に自信がある!」と言えた時なら、頑張れますが、今は 不安やなにかあると すぐに体に反応して体調が悪くなりそうで。
少しはわかってくれるといいのだけれど、母には昔の元気な私の姿しか頭にないのですよね。
ここでの生活も慣れて、わがままも出てきた気がします。

仕方がないので、足マッサージ器を2回 スレンダーシャイパーのぶるぶるを膝 肩 腰に1回ずつあててあげました。
母の痛みには気休めにすぎないかもしれませんが、やってもらったことで、少し満足して寝てくれました。
今も「辛い つらい」言っていますが、それを聞いている私もつらいです(-_-;)

先ほど 夕飯後 「今日な 不思議なことがあったんよ、寝とって 肩からすーっと力が抜けて 肩も手も力が入らんで、吸い込まれそうになって 意識はあったから『これはいけん』と飛び起きて 体操したりしたんよ。 まだ死にとうなかったんかな」 と言っていました。
「(痛くて)死んだ方がいい」 なんて言っているから 夢でも見たのでしょうか



そんなわけで、ちょうどいつものご近所さんからお誘いがあったので、昨日息抜きにランチに出かけました。

初めてのお店です。
いつも混んでいるようで人気店のようです。
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古いものがおしゃれに置かれています。
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前菜
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リゾット
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ミートソースのナポリタン風スパゲティ
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博多明太子とアオリイカのクリームソーススパゲッティ
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森のきのこミートソーススパゲティグラタン仕込み
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美味しかったです!
もっといろいろな味を食べてみたいです。

食べておしゃべり ほっとするひと時でした(^_^)

ばんそうこう

1週間くらい前に、母はこの快癒器に手をはさんで怪我をしてしまいました。

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「腰おし」 と呼んでいるこの器具は、母に教わり私も若いころから腰が痛いときなど使っていました。
産後や術後に 私の場合腰の痛みがすごくて、傷より腰の痛さで眠れなかったりしました。

中からの痛み以上に外から指圧しないと辛くて、この快癒器にはとても助かります。
でも 間違って挟むと すごく痛いです。

母も夜腰の下に入れようとしてはさんでしまったようです。
こんなことめったにないのですが。

手に丸く大きめに皮がむけて血がたくさん出ました。
消毒をして絆創膏をしたのですが、普通の小さいのしかなくて2枚貼りました。

血は3日くらい出ていて、毎日消毒しては貼り換えました。
でも テープ部分やガーゼが傷にくっついて、母も痛いし、やる方の私も見ていられないというか怖くて憂鬱でした。
(看護師の)二女がいてくれたら…と思ったり
でも私がやるしかないので

それで薬局に大き目の絆創膏を買いに行って来ました。

「あった~! 傷につきにくい いいのが」
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大小買ってきました。

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血が止まっても数日間は透明の汁がにじんできました。
「でも これがあるからもう平気~(^O^)」 

母は 「替えんでもええ!」 と嫌がりますが、 「消毒しないといけないでしょ!」 とバリバリはがしてやり替えちゃいました。
くっつかないので私でも交換が平気になりました。

4日間 お風呂も入れなかったのですが、さすがに 「もう4日も入ってないから シャワーだけでもお風呂に入らないと」 というと 即答で 「(痛いから)やあよ!」

それでもゴム手袋をしてゴムをはめて 頭と体を洗うことができました。

出てきて 「やっぱり入るとすっきりするな」 と。
「でしょ~」 って感じでした。

傷もだんだん小さくなってきて 汁も少なくなって乾いてきています。

くっつかない絆創膏 ありがたかったです。

わあ もう7月!

もう夏になってしまったなんて、早すぎます!
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いろいろあって 6月もあっという間に過ぎてしまいました

庭のひまわりが咲きました
わんたろうとぴー子のお墓のところに、ポポが残した ひまわりの種が育って花が咲いて 感激しました。
まさに きーたんの色
「さ~みしかった ぼ~くの庭が 明るくな~った♪」 という感じです

高くて上を向いているので 花はよく見えませんが
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さあ 元気にがんばろう!

おととい 家の中は それほど暑くなかったのですが、母が 「氷はちまきを持って来てくれんか、 暑うて 暑うて 背中が カッカと燃えよる」 と 大騒ぎしていました。

それで これで頭を冷やしたのですが
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まだ燃えているようで…(^_^;)

母の部屋はエアコンもついていて、涼しいのに…

食卓についたときも 「熱を測ってくれんか おかしい 背中が カッカしよる」 と また言うので
おでこを触ってみたのですが、まったく熱はなく 顔色も正常でした。

いつも母は ちょっと何かあると 悪い方悪い方に考えるので

「私と同じ 更年期なんじゃない!?」 と言ってあげました。

母は 「更年期(゚∀゚) 更年期か! 若返ったのか は~ はっはっはっは~ 」 と大笑い

それから どこか悪いんじゃないかと思わず 言わなくなりました。
それから ほんとうに 治ったようです

ホッ

母を眼科へ

雨がやんで涼しくなった今日、母を眼科へ連れて行きました。

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午前中少し早めに行ったら、混んでいました。

母の目の方は 眼圧も正常で、見えることもないですが、前より悪くなってもいませんでした。

私と母は別の眼科に行っているのですが、ここは個人病院が集まっていておもしろいです。
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眼科の向かいが 歯科と耳鼻咽喉科と内科 処方箋薬局が隣り合っています。

自分に合えば この付近の方は便利だなあと思います。
地主さんが そうしたかったのでしょうか

こういう地域もおもしろいですね
高齢者が多い地域などには理想的です。

帰宅すると、また疲れがどっと出て きーたんを手の中に入れて 一緒にうとうとしました。
自分の時より 母の通院の方が ずっと疲れて、全身だるくなってしまいます (>_<)

母 嘔吐

昨日 普通に朝ごはんを食べて、ベッドで寝ていた母ですが、その2時間後ぐらいに 急に必死に私を呼ぶ声が

急に お腹も調子悪く 吐き気がしたようで、洗面器を持って そのまま一緒にトイレへ
なんとか間に合いました。

お腹もくだしているようで、トイレに座りながら 苦しそうに吐いていました。

何十分トイレにいたでしょうか、吐き気が止まらず辛そうでした。
母が体調を崩すのも久しぶりです。

背中をさすったり、水分を取らしたり、洗面器を交換したり トイレを何度も往復しました。

交換時、洗面器が一つしかなかったので、常にベッドに常備している(母は逆流性胃炎もあるので) いちごのバケツを持って行きました。

以前100円ショップで買った このいちごのバケツが なかなか良かったです。
小さめで取っ手もついているので、母にも持ちやすくて運ぶのも 自分で下げて手すりにつかまって(自分で行ける状態の時)行けるようで便利でした。
深さもあるので 洗面器より良かったです。
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最初の長いトイレの時、目の前が真っ暗で フラフラすると言っていました。
少しベッドで休ませたくて、なんとか立ってもらったのですが、身体も かしがっていて ふらついて転びそうだったので、この椅子に座ってもらい足をついてもらいながら ゆっくり部屋まで押して行きました。
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狭い家なので、家の中の移動に車いすを使うことができないので、どうしても困った時用に備えてあります。
この椅子は、長女が交通事故で足を折って8カ月歩けなかった時に使っていました。

昨日は朝から夜遅くまで 吐き気が止まらず 同時に用をたすのに、バケツを持って何度もトイレを往復しました。
何も食べられなかったので、水分だけはとらせました。

ベッドも電動で 頭が高くなるので良かったです。

夜12時頃 ようやく吐き気がおさまり、母も少しほっとした様子で、眠っていました。

今回 逆流性胃炎によるものとも考えられず、食中毒の可能性も考えられず、風邪をひいた感じもなく 原因がわかりません。
母の世話をしながら、『ノロウイルス』だったら まずい!と思いました。
途中から マスクをしましたが^_^; その都度手を洗って消毒もしました。

でも、部屋にいるだけの母が感染する可能性も低く、ノロウイルスにかかってその辛さを知っている私は、ノロだったら こんなものではないと思いました。

夜中 なにかあるといけないので、昨夜は母が寝ている1階で横になって寝ました。
吐き気はもうなくなったようでしたが、トイレへ行くたび 気になって よく眠れませんでした。

朝 母はだいぶスッキリした感じで、おかゆを食べました。
今日は体調もだいぶいいようです。

こうして急に具合が悪くなったりしたら、介護もかなりきつくなることを実感しました。
「眠れなくなる」 ということが、自分自身の身体にも影響してきそうです。

頑張ってくれた娘たち

私達が金沢へ出かけた日、娘が写真に様子を撮っていました。
これを見て、それぞれ役割分担をして 頑張ってくれたのだと ほっとしました。

長女がご飯の支度を
二女は 母を食卓に座らせ(朝は食べてから洋服に着替えます)
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食べ終わると、分けて置いていた薬を飲ませてくれました。

看護師の二女は、こういうことは慣れているようです。
来るといつも母の耳掃除や 爪切りをしてくれます。
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その後 長女が歯磨き指導をしてくれたようです。
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歯科衛生士の長女は、歯の磨き方にうるさいです(^_^;)
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母のお風呂は大変なので、入れなくてもいいと言っておきました。
翌日は 長女は仕事のため、二女が食事など全部やってくれました。

これが毎日のことだと 娘達もできないと思いますが、留守中よく頑張ってくれたと思います。

母も 鬼娘より、優しくやってくれる孫の方が嬉しかったと思います^_^;

通院

今日は母の通院日です

いつもベッドにいるだけで、日に当たることがない母なので、車いすを押して お日様に当てようと思っていました。

良く晴れて天気は良かったのですが、風が強くて寒くて断念しました。
しかたなく 近いですが、車で行くことに。
(母は車で行けてラッキーだったかもかれません)
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いつものごとく、車いすを車に乗せたり降ろしたり、母の車の乗降や車いすの乗降は とても疲れます。

ベッドから すべて介助なしではなにもできません。

予約でしたが待たされて、私は こっくりこっくり してしまいました。

母は耳もよく聞こえなくて、先生も私も何度も言っても伝わらなくて、もういいや!という感じになってしまいます。
母は今回も異常なしで良かったです。

高齢者の患者さんが多かったですが、みんななんとか自分で頑張られていて偉いなあと思いました。

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母の通院後は なんだかとても疲れてしまいます。
片付けなど やろうと思っていたことは、今日はパスすることに。

今週は火・金が私の歯医者 今日が母の内科通院 土曜は私の眼科と 病院ばかりで嫌になっちゃいます。

さて、ちょっと休もうかな~




3周年

愛媛から母を連れて来て一緒に暮らし始めてから 今日でちょうど3年になります。

あのとき行動に移さなかったら、母も私達も今こうしていられなかったと思います。
母は施設に入ることになり弱っていき、私達は 心配をかかえ遠い愛媛まで何度も往復することになったでしょう。

入院中に ほとんど目が見えなくなって、足も弱って歩くことも難しく、ここへ来る前になって おむつから漏らしてしまうことも多くなりました。
そんな母を 兄と二人で支えて、なにがなんでも連れて来ないとと必死でした。

私が母が入院する病院へ迎えに行って実家へ連れて帰る時、母はやせほそり 一人ではなにもできない状態でした。
あまりに変わり果てた母を見て、涙が出ました。
この状態では 大変な介護になると覚悟しました。

母を支えて連れて帰らなければいけないのですが、そんな私自身も 実家で母の介護をしながら、一人でいろいろ手続きや山ほどある家財の片付けなどで フラフラで今にも倒れるんじゃないかと限界を感じていました。

ただただ必死で、気だけでなんとか 自分を支えていた気がします。

疲れがたまっているうえに、母への気遣い 愛媛から長野への長旅で、家に着いた時は フラフラでした。

でもそんな状態でも休めないのが介護です。

夜遅く着いたのですが、休む間もなく届いた荷物から、母の布団を探し出して、母を寝かせました。
部屋は実家からの荷物だらけで、私はその荷物の隙間に 小さなこたつを置いて畳に長座布団を敷いて、母の横で寝ました。
寝るといっても、1時間置きにトイレへ行く母に付き添い ほとんど眠れずでした。
まだ冬のように寒かったです。

まだベッドも手すりもなくて、どこがどうなっているのかもわからない母につきっきりの毎日で、きつかったです。

でも、ケアマネさんがすぐに手続きをしてくださり、介護用品のお店の方に連絡をとって、介護用品や手すりの取り付けも早めに準備してくださったので、とても助かりました。

きつかったですが、トイレも ポータブルではなく 自分でトイレでできるように、 トイレまで手探りで行けるように その都度ついて母に教えました。

できるだけ母が自分でできるように、いろいろ工夫もしました。

あの時 母は自分ではなにもできなくて、大変な介護になると覚悟をしましたが、最初が肝心で 工夫しながら一緒に頑張ったことで、母も私も 今落ち着いて生活をしています。

この日が来ると いつも思い出します。
朝 母と少しその時の話をしました。

今日はお赤飯を炊きました。
母も喜んでいました。
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今日はこの紫米を入れてみました。
食感がいいのと、色がつくのが気にいっています。
あとはお菓子の甘納豆を入れています。
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今日は満月ですね
残念ながら雨で月は見れませんでした。
昨日の夕方 きれいだったので撮った月です
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今年初通院

今朝はすごく冷え込みましたね。

朝6時前 顔をスースーと冷気で目が覚めました。
今朝の外気最低気温がマイナス6℃だったようです。

でもずっと天気で道路も濡れていなくて雪もなかったのでほっとしました。

今日は母の通院だからです。

濡れていたら もうツルツルで、母も危険だし 車の運転も怖いです。

車はバリバリ凍っていました。
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でも道路が濡れていなかったので、なんとか行けそうです。

すごく寒いけれど日差しは強く、これがまた運転できるか心配でした。
まだ目がまぶしくて開けていられないからです。
サングラスをしても私の目はかなりまぶしくてだめなんです。
病院がとても近い所なので まだ助かりました。

この寒さで、 母には 帽子 マフラー 手袋 マスクをしました。
毛布と湯たんぽも大事です。
湯たんぽのおかげで、母も静かに待っていることができました。
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血液 尿検査では 良好でした。
血圧も正常でした。

こちらへ来て こんなに調子がいいのに、実家にいた時は長年病院にかかっていたにもかかわらず どうして血圧など高いままよくならなかったのかと不思議です。
早くここに来ていたら、目も見えていたかもしれないです。

帰る頃は霜もすっかり解けて さらにまぶしいかぎりの日差しが。
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片付けや用事を済ませて、母にお昼を食べさせてようやく休憩です。

自分の時と違って、母の通院は後で どっときますね。
とても疲れました。
ほんの10分くらいだと思いますが一瞬熟睡をして 5時頃だと思って飛び起きたら、まだ2時でした。

本人以上に付き添いは いろいろ気を使うのでホント疲れます。


話は変わりますが、零下の寒さの中 野良猫たちはきびしい夜を過ごして大丈夫かなあなんて思ったのですが、今日元気に歩いていて ほっとしました。 
野良猫って 身体を寄せ合って温め合うとかしないのでしょうか
夜どうやって過ごしているのかな

母元気です。

この間母に、「エプロンは格子模様か?」 と聞かれました。

確かに 私はチェック柄のエプロンをしていました。
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久しぶりに ちらっとわかったようです。
きっと母は 赤は見えていないので、こんな感じに見えているのでしょうか。
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まだ 白黒チェックは なんとなく見えているようで良かったです。

母のトイレへの出入りがわかるように、小さな鈴をつけていたのですが、100均で売っていた クリスマス用の飾りのベルが ちょうどいい音がして良かったので、これに変えました。
ノブを触る時、この大きなベルが母の手に触れるのも いいかもしれません。
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運動もしていますが、よく食べては寝てしまうことが多いので またぶくぶく太ってきました(^_^;)
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しまむらで800円くらいの洋服を買ってきました。
着た瞬間、 「これは新しいのか? 気持ちがええなあ あったかい」 と、触りながら とても喜んでいました。
色も ピンクの模様と言うと 喜びました。
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確かに 毛布みたいにふわふわと気持ちがいいです。
母には何千円もするおしゃれなものより、安くても 手触り 肌触りがいいものが一番だと思いました。
それで また同じもので違う柄のものを2枚買って来ました。

「枕も 毛布も シーツも 洋服もみんなピンクだよ」 というと、喜びます。

今までピンクや赤など着たことがないのですが、ここへ来てから そういう色を好みます。
赤やピンクというと ホッとするようです。
頭の中で 明るい色に囲まれているのを想像して楽しんでいるのでしょうか。

眼科へ

昨日は 午前中に介護用品のお店の方が、レンタルの車いす・ベッド・置き手すりの点検に見えました。
そのあとケアマネさんが、毎月の計画書を持って訪問されました。
午後は 在宅介護マッサージの方が見え、なんだかあわただしい感じでした。

今日は 母を眼科へ連れて行きました。

天気も良く 暖かくて最高にいい日でした。
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母も気持ち良かったのか、駐車場から入口まで かなり歩いたのですが、今日は穏やかな表情で何も言わず頑張って歩いていました。
眼科は混んでいました。

母は椅子がどこにあるのかもわからないので、手で触れさせて座ってもらっています。
目立つのか、他の患者さんの注目を浴びてしまいます。
でも今日は、珍しくほかに 車いすの方や、歩行器の方、ご家族の介助で来ている方もいて、なんとなくほっとしました。

隣に座っていた高齢の女性に声をかけられました。

御自身もずっと介護をしてきて、御主人の病院も付き添ったりしているとのことです。
「偉いわね、一生懸命やっていればきっと自分に返ってきて 助けてもらえるから」と 励ましてくださいました。

自ら経験されているだけに、気持ちをわかってくださり 嬉しかったです。

母は、手を上下左右に動かす検査のとき、目の高さの所で動かすと 動きがわかったようです。
たぶん ぼんやりともやの中に動くものがあると、狭い視界の中でも確認できるのだと思います。

まだ完全に暗闇ではないと、ほっとしました。
現状維持で、目薬も同じものでした。

特に体調など崩さなければ、母の年内の通院は これで終わりです。
ひとまず ほっとしました。

今まで出かける用事が多かったので、これから暮れにかけて 家の中のこともやっていこうと思います。
自分の楽しみなども含めて、やりたいこといっぱいです。
時間がいっぱい欲しいな~

がんばるぞぉ~(^O^)/ 

母88歳!

今日は母の88歳の誕生日です。

歯の悩みも解決し、めでたく誕生日を迎えることができました。

先月 長野市からの米寿のお祝いを、民生委員さんが届けに来てくださいました。
大きな賞状と、塗り箸とスプーンをいただきました。
残念ながら、母は見ることができません。
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民政委員さんが、大きな声で読んでくださいました。
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早速 その日から使いました。
このお箸は 4面のうち、隣り合った2面だけが削られています。
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指が痛かったりして箸を持つのが大変な母ですが、これは食べやすいと喜んでいました。

今日は帰りが遅いと、昨日夫が 母にうなぎを買って来てくれて、皆で食べました。
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今日ケーキを買いに行こうと思っていたら、
着替えさせている時に、 「ケーキは 買うてくるな、 ケーキは歯にくっつくから」 と、言われてしまいました (・_・;)
買う前に言ってもらって良かったです、ホッ ^_^;

10月21日の誕生花は、「ムラサキシキブ」 です。
お茶花だそうですが、昔母がこの花が好きだと言っていたのを思い出します。
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さあ 次は90卒寿までがんばりましょ~ (^O^)/



施設にお礼の気持ちを

早いもので義母が他界してからもうすぐ2カ月になろうとしています。
施設で寝たきりの状態が長かったり、今も忙しく過ぎていく毎日で、大変だったことが、もうずいぶん前のことのように感じます。
今は母の介護などもあり、とにかく前を向いて進んでいくのみです!

ただ、これだけはどうしてもやっておきたいことがありました。

10年以上もの間、義母の介護をしてくださった 特別養護老人ホームには感謝の気持ちでいっぱいです。
大変なことを とても良くやっていただき 本当に助かりました。

夫と そのことだけが心残りで、退所のときに 何か必要なものを寄贈したいと伝えました。
車いすなどは間に合っているようなので、考えていただきました。
そして、ちょうどエアコンが壊れて困っていたということで、それをお願いされました。

エアコンなんて思い浮かばなかったです。
一番必要なものなので、欲しいものをお礼として贈ることができて 本当に良かったです。
これで、義母のことも 気持ち的にスッキリしました。

歯医者

今日は母の抜歯の日です。

「痛とうて痛とうて」
「すぐには抜けません」
このやりとりの間に入ってストレスがたまっていた私ですが、運よく グラグラしていた母の銀歯が抜けたことで、治療法もわかり解決に向かっていました。
そして今日は、とれた銀歯の下のわずかに頭を出していた根っこの歯を抜きました。

ジスロマックの薬も効いて、あんなに苦しんでいた腫れもなくなり、血圧脈拍なども良好ということで 無事抜くことができました。
母は 麻酔も抜歯も平気です。

先生が心配されているようなことはなく、出血も少なく血もすぐとまりました。

母はスッキリとしたのか、ほっとした表情をしていました。
麻酔が切れてから遅い昼食をとりました。 
なにごともなかったかのように、いつも通りペロンと食べました (・_・;)

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ようやく私も安堵しました。
これが解決しただけでも、気持ち的に全然違います。

あとは母の眼科と、自分自身の歯医者です。

母に付き添って歯の治療を直に見ることができました。

私もどれだけ歯医者に通っているかわからないくらい治療をしてもらいましたが、今まで治療の器具や様子を見たことがないので、なるほどと思うことばかりでした。

目をつぶってじっと治療をしてもらっている時、いったい何をどうしているのかと気になっていました。
ギ―ギ―削っている時は、大きなドリルで がんがん穴を開けて大工事が行われているぐらいの感覚でした。
でも実際は 先っぽにちいさな針のようなもので、そっと触っているような感じです。
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ギ―ギ―でなくゴロゴロ振動がすごい感覚だったのは、先っぽに三角のやすりのようなものや ミニローラーみたいなものでした。
実際見ると小さくてそれほど怖くないです。
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衛生士さんがよく手伝ってやっている水や水を吸い取る掃除機みたいなものも、こんなものかあというようなものでした。
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よく「カチカチズリズリしてください」と言うのは、赤いペーパーみたいのをはさんでいました。
仮詰めなどは、コーキング材のようなものを少し出して埋めていました。
そのあと、「ピーっ ピーっ」 と鳴っていたのは、ランプがつくようなもので持ち手側にカバーがあるようなもので 固めている感じでした。

目を閉じてやってもらっている時には、口の中で突貫工事が行われているかのように響いて、すごい騒ぎにやられている感じですが、実際に見ると 静かにそっとやられていたのだと納得しました。

母の根っこの抜歯も、大きなペンチのようなもので挟んでとるものと思っていたのですが、あれあれ こんなもので抜けるの?といった感じでした。
先が耳かきみたいな マイナスドライバーのようなものを グリグリ回してそっと取っていました。
挟まないで これだけで抜けるのにビックリです。
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使っている物は小さいのに 口の中では ものすごいことが行われているように感じていたので、知ることができて良かったです。

自分の治療では、目を開けてみたいなあと思いつつ、勇気がなくて見れなかった私です(^_^;)

くたびれました~(>_<)

四十九日法要も終わってほっとしていますが、この連休はやることがいっぱいで 忙しく終わってしまいました。

また目に埃が入って傷になってしまったのか 疲れもあって、私の目の調子も悪くなって ぼやけて良く見えません。
なんとか頑張って記事を書いています。

気がかりだった母の腫れてグラグラな歯ですが…
5日(月)に歯医者へ行った時は、腫れているのでなにもできず、削ってもらってかみ合わせの調整をして 薬で様子を見るということになりました。でも帰宅してからも、ずっと母は不調を訴え 私も少々ストレスが。

毎日「抜きたい」ばかり言うので、薬もきれたので 9日(金)に歯医者さんに電話をして 抜いてもらえないかと聞いてみました。
でも高齢のため内科の医師に文書で確認してからでないとすぐには無理と言われました。
そしてジスロマックに薬を変えて様子をみることに。

1週間効き目があるというくらい、やっぱりジスロマックは強いのでしょうか、私は副作用が出てだめでしたが、母はなんともなく 歯茎の腫れがひいてきました。 痛いとは言わなくなりましたが、ぐらつきはやっぱり気になるようでした。

それが…

法事の翌日11日(日)の夕方母が、「歯が二つ のいて(取れて)しまって、ひとつ見当たらん」 と言いだしました。

もう 唖然としてしまいました。

「ほら、抜いて欲しいばかり言って騒いでいるから、ぐらついていない隣の銀歯まで二つとも取れちゃったじゃない」 と言っちゃいました。
でもこれで、歯を抜かなくてすみました^_^; 

でも取れた銀歯の下の根っこがふたつとも残っています。
これをどうすべきか、昨日電話して とりあえず診ていただき判断していただくことにしました。
今日の午後少し時間があるというので予約をしました。

今日は午前中は、内科の検診予約日です。

車いすのタイヤに空気を入れて、車に積んだところで、
「ん、 こんなにいいお天気で暖かいのに 車で行くこともないよね!」 と思い、また車から車いすを降ろしました。
DSC08392.jpg ジャ~ン 本日の主役!

母に さらりと 「暖かいから車いすで行くよ! 日に当たらなきゃ 骨も弱るよ」 と言いました。
「お尻がいたいのにぃ」と ぶつぶつ言っていましたが、今日の母は意外に素直でした。

お尻対策に急きょ しまむら円座を
780円ですが 厚みがあって具合がいいです。
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内科は近くて 歩いて10分もかかりません。
家の前の踏切は、車いすを後ろ向きで引いて来ます。
前の車輪の方が小さくて 線路の溝にはまるといけないので。

渡っている時に カンカン鳴りだして、焦りました。
落ち着け落ち着け…
DSC08391.jpg はい、バックで行くよ~
診察の方は、血圧など異常なく良好とのことでした。
ちょうど、先日の歯医者さんからの手紙が届いていたので、内科的には異常なしで既往症など記載した歯科の先生あての手紙もいただいて来ました。
ちょうど良かったです。

先生の紹介状などの手紙には「○○先生御侍史様」などと書かれていて、この言葉は何かなと思いました。
これは病院関係でのことばなのですね。 直接先生にお渡しするのは申し訳ないので、お付の方からお願いしますという意味があるのですね。

今朝のテレビで、今年のインフルエンザワクチンについてやっていたので、「いけない、忘れてた~!せっかく行くのにワクチン予約していなかった、また行かないといけないかな…」と失敗したと思いました。
でも、いちお聞いてみたところ、やってくださるということで すごく助かりました。 また来なくてすみました~ ホッ(^_^;)

病院は、予約していても待たなくてはいけなかったり、会計や薬をもらうのも待たなくてはいけないので ほんとうに疲れます。
そして母の誘導、もうそれだけでくたくたです。

こんな気持ちがいい日、お日様の光と風にあたらないなんてことないよね~♪
と、車いすを押して帰宅しました。
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帰宅すると、まずトイレと手洗いうがいをしてもらいます。
そして母にお昼を食べてもらい、私はまたあれこれ用事に。

2時半からは 母の歯医者です。
歯医者も近いですが、車いすを押して行くには坂道だったりするので、今度は車で行きました。

銀歯が取れてしまった二つの歯をどうするか

母は 食べることはできるし 今は痛くもないようですが、出ている根っこの部分が気になるようです。
一つは 根っこが割れていて、これは修復ができないので 後日根っこを抜くことに。
一つは 根っこはしっかりしているけれど短いために、上に銀歯をかぶせても翌日にはとれてしまうので、噛むことができる程度に白い詰め物で小さな歯のようなものをつくってくださいました。

これでなんとか 歯のストレスはなくなりそうです(^_^;)

もう1回歯医者と、あと眼科も連れて行かなくてはいけないです。

なんだかすごく疲れました。
頭痛もしてきたのでバッファリンを飲みました。

あ~ また夕飯の支度の時間!
忙しいな~

ポポは このところ 留守番ばかりで、もぐもぐ星人と化しています。

義母の四十九日法要

今日は義母の四十九日法要でした。
母に留守をお願いして出かけました。

今回も近い親族だけでやりました。
お寺の都合が悪かったので、近くの別会場で 庵女さんにお経を唱えていただきました。
それからそこのバスに乗って、みんなでお寺のお墓に行きました。
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納骨をして、みんなで線香をあげ、お墓でお経を唱えていただきお参りをしました。
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すがすがしい日でした。
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そしてまたバスに乗って会場へもどりました。
そこでお斎をやりました。
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明るい庵女さんとの会食は、とてもなごやかな雰囲気でした。
少人数で 思い出話などで盛り上がり、料理も美味しくいただくことができました。

玄関に なにげなく置かれていたものが気になりました。
これはギター(^o^) 電気がつくのかな、音譜もついていて素敵でした。
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帰宅して用事を済ませると、どっと疲れが出てしまいました。

とてもいい法要になって、無事終えたことに ホッとしました。
ひとつひとつ終わって、近い親戚のみなさんの表情もだんだん明るくなってきているのを感じました。
私達もそうです。

みんな仏様になって、私達の心も浄化されていくような気がします。

ひとつ区切りがついたので、これからはまた前を向いて歩んで行きたいと思います(^_^)



ふう~ 疲れた~

今日はよく晴れて 暖かな日でした。

家の事 母の事、いろいろな用事で飛び回り 今ようやく一休み。

やっと腰を下ろしたと思ったら、また夕飯の支度になってしまうよぉ(>_<)

母の歯の薬が終わり、毎日 「抜いて欲しい」 と言われるので、 歯医者さんに電話をして抜歯の予約をしようと思ったのですが…
高齢でもあり、かかりつけの医院の先生に文章で 抜歯をして大丈夫かを お伺いをしないとできないと言われました。
腫れも治っていないので、抜けないそうです。

腫れはひかない、グラグラして毎日母に 「痛い 食べれん、抜いてもらってくれ」 と言われ続け、抜くこともできない…
もうどうしたらいいの~(-_-;)
歯医者さんでも、抜歯によって身体に影響が出るのを心配されているようです。
板挟み状態で、だんだんストレスを感じ始めています(-_-;)

とりあえず、処方箋でまた別の薬をもらってきました。

これはあの「ジスロマック」
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私が親知らず抜歯で、経過が悪く飲んだのは、液体のジスロマックでした。
この名前を聞くと、あの時 全身動けなくなった恐怖を思い出します。

母は以前も飲んだことがあって大丈夫だったのでいいかな。
とにかく腫れだけでもひいて早く治って欲しいです。

明日は義母の四十九日法要で納骨です。
いろいろ準備をしたり、それもあって さらに忙しいです。
これが終わるまでは なんだか落ち着かないです。

あっちをやったり こっちをやったり、疲れました~

こんなバタバタな日でしたが、午前中 洗濯ものを干していると、二人の年配の女性に声をかけられました。
通るたび サンパラソルを見て、きれいで癒されると言われました。
知らない方々が 笑顔で声をかけてくださるなんて素敵なことですね。
失敗して一部うまく咲きませんでしたが、こうして喜んでくださる方がいることに 私も癒されました。
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サンパラソルの花は、人をひきつけるものがあるのですね。
花ことばは「かたい友情」ですが、 人と人を結ぶ役割をするのかもしれないですね。
来年も がんばります!
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洗濯というと…

二層式洗濯機が ついに壊れました(・_・;)
大事な大事な二層式
洗う方が 回転が止まらなくなってしまったんです。
もう その都度 もとの電源を切って使っています。 でも脱水すると回ってしまうし、不便です。
もう少し頑張ってほしいです。

先日ポポが出た「この差って何ですか?」の番組で、バスタオルを何度も振って干すと、ふかふかになるとやっていたので、私もタオルを1枚1枚 5回くらいずつ振って干して見ました。
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わあ ほんとうだ~
いつも タオルは柔軟剤を使わず、バリバリだったのですが、振っただけで やわらかくふっくらしていました。
なかなか役にたつ番組ですね。

母を歯医者へ

昨日はテレビでポポを見ていただき、たくさんの声援をありがとうございました<(_ _)>

終わってホッとしています。

昨日は早めに母に食べてもらい お風呂へ入れて、ぎりぎり5分前にテレビの前に座ることができました。

緊張で冷静に見ていられなくて、私自身は見ているようでよく見ていませんでした(^_^;)
みなさんからいただいたコメントで、一瞬でしたが ポポのおしゃべりも伝わったのかなと嬉しく思いました。
さきほどようやく 冷静に(笑) ビデオを見ました。
スタジオ内もいい雰囲気だったので良かったです、ホッ(^^ゞ
古いカメラと 私の腕の悪さ 反省です(・_・;)



昨日は近所の神社のお祭りでした。
喪中でもあるので、神社へのおまいりはできませんでしたが、子どもみこしが来るので 夕方わずかですがご祝儀を用意して家の前で待っていました。

ピッピ、
わっしょいわっしょい!

今年の子どもたちはとっても元気です。
大きな声が聞こえてきました。
やっぱり 子どもたちは、これくらい元気でなくっちゃ~

今年はおみこしにひもをつけて、かつげない子達も つながっていて良かったです。
私も育成会役員をしていたとき、おみこしの飾りをやりかえたり、大うちわを張り替えたり、お菓子の準備などいろいろやったので、役員さんたちは お疲れ様ですといった感じです。
でも大変でも やれば楽しかったです。
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今年はおめでたくない我が家ですが、「でもそんなの関係ねえ」とばかりに 元気をもらうために 家の前で ワッショイをしてもらいました。
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手を抜かず 一生懸命やってくれていた子どもたちを見ていると、気持ちがいいです。


そして今日は、母を眼科に連れて行きました。
なかなか治らない歯茎の腫れ

他の患者さんに迷惑がかからないように、午前の一番最後に予約をしました。
母は 「グラグラしている歯を抜いてやりかえてもらえばいい!」と単純に思っているようですが、そうはいきません。

先生は「グラグラしていてもまだ大事にしましょう!」ということで、噛む時に負担がかからないように、また削って調整されていました。
あとは薬をもらって帰りました。
DSC08276 - コピー 今日は違う薬に

母は 抜けばパッと痛くなくなると魔法のようなことを思っているようで、納得いかない様子。
連れていくだけでも大変なのに、愚痴ばかりで 疲れがどっと出ました。
帰宅すると、今度は在宅介護マッサージの方が訪問されます。
忙し忙し
母がマッサージの間、ウトウト眠くなってしまいました。

これから状態がますます悪くなっていったら、どうなるんだろうと不安になります。

なんだか今日は寒くて、手が冷たくなってきたので、今ストーブを出して つけました。
母の部屋は エアコンをつけています。
これから寒くなっていくんですね~ 大変だ~

痛い痛いの母

今日はいいお天気で汗ばむ陽気でした。
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庭のキンモクセイも ようやく香りだしました。
去年よりは 花つきが悪いですが。
道を通る時、どこからか香ってくる キンモクセイの香り 大好きです。
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今日は11時にケアマネさんが月の計画書を持って、13時に在宅介護マッサージの方が見える日でした。

母の歯茎ですが、腫れもひいて良くなってきたかと思ったのですが、また腫れだして毎日痛い痛いと言っています。
この間のことがあって、なかなか連れて行くのも憂鬱で…
それで電話して、とりあえず3日分の薬だけもらうことにしました。
ただ、もう一度噛み合わせを治さないと腫れは治らないかもしれないということで、薬で様子を見て来週もう一度母を連れて行くことにしました。

そんなわけでケアマネさんが帰られたあと、急いで歯医者へ飛んで行きました。
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そしてほかの用事も済ませて帰宅

私にできることは、歯磨きと 薬だけ。
歯医者に行くとなると、またあれこれ言いだす母
毎日痛い痛いと言われるだけで、私も少々ストレスが。
痛い痛いは、歯だけでなく体中。 毎日あっちが痛いこっちが痛いと大騒ぎ、これは病気ではないので どうしようもないんです。
母は 一人でいた時は 怪我しても我慢強く騒がなかったのに…

私もお腹の傷が時々まだ痛みます。
できるだけ穏やかに過ごしたいです。

そういえば 今日は スーパームーン

これは見なければ!と お月さまを眺めました。
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とても大きくきれいで、癒されました。
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昨夜 二女は またひとりでふらっと車でドライブ
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姨捨山まで 月を見に行ったそうです。
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そこから見える月もきれいです。
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恐るべし母の記憶力

歯医者に
今日は 母を歯医者に連れて行きました。
部分入れ歯がカパカパしてきたのと、歯茎が腫れて痛くなってしまったからです。

近くても母を連れ出すことは、かなり大変です。

部分入れ歯は、足したり削ったりで、調整してもらいました。
歯茎の腫れは、歯周病とのことでした。
これを治療するのは、他の部分も全部きれいにしないといけないということで、最低6、7回は通わないといけないそうです。
無理ならば、腫れは とりあえず抗生物質で炎症を抑え、歯磨きで様子を見るということでした。

母の状態から、とても何度も通うことは無理なので、薬だけ飲むことに。
歯茎が腫れてグラグラしている歯は、噛み合わせで その部分にかなり負担がかからないように、削ってくれました。

あとは 母が磨いたあと、私が仕上げ磨きを。
試供品でいただいた歯周病にいい歯磨き粉が、私が使ってみて歯茎に良さそうだったので、それを試してみたいと思います。
消炎と殺菌成分、フッ素も入っている薬用歯磨き粉です。
なんとかこれで治まるといいなあと思っています。

目が見えていなくて、耳も片方が少し聞こえるくらいで、足も弱い母を連れてくるのは、かなり大変です。

帰る時、母は医院の玄関でバランスを崩し、お尻からひっくり返って腰を打ってしまいました。
もう少しで頭もドアの角に打つところでした。
先生や衛生士さんもみんな飛んできて、助けてくださいました。

「痛あ~」 と、叫ぶ母でしたが、なんとか立ちあがることもできて車まで歩けました。

転ぶ瞬間は、私でも とても支えきれませんでした。
一瞬、実家の畳で転んで救急車で運ばれ入院した時のことを思い出しました。
その時も腰を打ちました、骨折はなかったですが、立ちあがることができなかったようです。
そして入院中 わずかに見えていた目も見えなくなってしまったのです。

こうなるから通院したくないという母です。
幸い打撲の傷みくらいのようなので良かったです。
私もかなり疲れてしまいました。



恐るべし母の記憶力
8月のある日、 何を思ったのか突然母が、 「エッタさんは 今年30歳になるな」 と言いだしました。
「えっ、30? 突然何を言っているの?」と思いました。
でも いちお確認してみようと思いました。

エッタさんというのは、以前の記事に書いたこともある このお人形のことです。
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私が20代の時に、テレビなどで知ったのか 母が 「キャベツ畑人形が欲しいな」 と言ったことがあります。
それで、東京に行った時、キティランド?というおもちゃのお店に行って、母に買って来ました。
同じものがなくて、生年月日や名前もみんな違う このキャベツ畑人形が人気だったようです。
私が買ったのは、えくぼがひとつある、金髪の赤ちゃんです。
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母は すごく喜んで誰にも触らせないくらい大事にしていました。
なので、箱に入ったまま出すこともなく きれいなままでした。
愛媛の実家を片付けた時、タンスの上にあったのを見つけて、長野に持って来ました。

何十年も箱から出してもらうこともなく、タンスの上に保管されていたわけです。
箱はもうボロボロになっていたので捨てましたが、母は 忘れてはいませんでした。
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そして、誕生証明書を見た瞬間 驚きました。

「エッ…1985年生まれだから ホントだ、 エッタちゃんは、今年30歳!」
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「すごい! 誕生月ならわかるけど、なんで生まれた年なんて覚えているんだろ…プレゼントした時から ずっと箱に入ったままタンスの上に何十年も眠っていたのに」

これには ほんとうに驚きました。

旅立ち

留守中も ブログに訪問いただいたり、お悔やみの言葉やメッセージをいただき ありがとうございました<(_ _)>

昨夜は 疲れがどっと出てしまいました。
でも、ようやく安心して眠ることができ ほっとしています。

義母は 何度も危ない状態になりました。
最近では4月に入院した時からずっと、不安な毎日でした。
亡くなる2週間くらい前から もどしてしまい、胃ろうでの栄養も摂ることができなくなって ゼリーのような水分だけを入れていました。
そして私達も落ち着かない毎日でした。

26日の午後会いに行った時、これが会える最後かもしれないと感じました。
帰宅して、その日は12時過ぎに寝ました。
そして、1時間くらい熟睡していた時に、夜中の1時に施設から 「呼吸が確認できない」 と電話がかかってきました…
電話の音にパッと目が覚めました。 そして夫を起こして 支度をして急いで施設に向かいました。

深夜2時に 真っ暗な山道を車で行きました。
不気味な感じで、さらに霧が立ち込めていて 前がよく見えなくて、怖かったです。
反射灯の光だけがたよりでした。
夫は車で何度も何度も通った道なので この状況でも 道の感覚がわかるので、速度を落とし 慎重に運転して進むことができました。
真っ暗な山道を40分くらい走っていたと思います。 

なんとか施設に到着しました。
そして、義母に対面しました。
0時45分に静かに息をひきとりました。
身体はまだ温もりがありました。  顔は穏やかで とってもきれいでした。

施設の方と一緒に 義母の身体を拭いて、お化粧をしてあげました。

大腸癌も発症し、最後の方では 痛みもあったのではないかと思います。
顔を見て、悲しみより 「お義母さん 今までよく頑張ったね、やっと楽になってお義父さんの所へ行けるよ、今までありがとうございました。」 という気持ちになりました。

認知症を発症して 二十数年ほどになります。
長かったです。
義母は85歳です。

もっと いろいろ教わりたかったです。 話もしたかったです。 でも、できませんでした…
認知症になってしまった原因を 私はわかる気がします。

義母は あの頃から時が止まっているのです。 大変だった出来事も何も知らずに…
幸せだったかもしれないです。

深夜も こうして頑張って働いている職員の方の姿を見ると、頭が下がる思いです。
長い間 よくしていただき、感謝の気持ちでいっぱいになりました。

午前4時半に 葬祭センターの方が見えて、義母を乗せて また山道を下りました。
街に着く頃は 明るくなってきました。

葬儀についていろいろ打ち合わせをして、一度家にもどりました。
こんな時でも 母の介護は休めません。
そして、葬儀のためにいろいろ必要なものをそろえたり、連絡をとったり忙しかったです。
この日は 夫がセンターに泊まり 義母と一緒にいました。

28日はお通夜でした。
親族だけでの葬儀にしました。
義父の時に そうしてみて、ゆっくり話ができ とてもいい雰囲気だったので、こういうのもいいなあと思いました。
母に早めに夕飯を食べてもらい パジャマに着替えさせて、娘たちも皆ででかけました。
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夫の実家を片付け 全部処分した時、義母の物で唯一持ってきたものは、 アルバム・留袖の着物・日記・絹糸・指輪です。

遺影の写真を探しながら、義母がきちんと整理してあったアルバムを見ました。
苦労が多く介護生活で終わってしまったのかなと思っていましたが、あちこち旅行に行ったり 楽しそうに笑っている義母の写真を見ると、こんな楽しい思い出もいっぱいあったのだと、なんだかホッとしました。

それで、合間にみんなに見てもらえるように アルバムや日記(義母は悪いことは書いていません)など 持って行きました。
待っている間 写真を見て懐かしく思いだしていました。
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29日は告別式でした。
朝から夕方までかかるので、母のことは 二女にお願いしました。
朝ごはんを早めに食べてもらい着替えまではやって行きました。

皆で納棺をし 旅支度をしました。
義母が良く着ていた 留袖の着物を上にかけました。 着物をよく縫っていたので 使っていた絹糸や日記 写真も一緒に入れました。
そして山道をのぼって斎場へ
新しくなったばかりの斎場で、とってもきれいで立派でした。
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広々とした空間で落ち着きます。
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待っている間 ここで皆で話をしながら軽食をとりました。
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トイレもとてもきれいでした。
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斎場のトイレなのに、自動でふたが開いたり 水が流れてビックリしました。
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そして会場にもどり、葬儀 告別式です。
親族だけで静かに 温かく、義母も喜んでくれていると思います。
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お経が始まる前に、懐かしい写真が映像で流れました。
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その後、和やかにお斎が始まりました。

来ていただいた皆さんにお礼を言って見送りをし、私達も自宅にもどりました。
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明るく義母の旅立ちを見送ってあげることができて、本当に良かったと思います。
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家に着いても 片付けなど大忙しでした。
そして、母の夕飯の準備です。
こんな日も やっぱり介護は休めません。

娘二人、それぞれ自分にできることを よく手伝ってやってくれたので助かりました。
親戚が皆で集まってゆっくり話ができたのも良かったですが、娘たちも こういう経験をして何かが変わった気がします。

夜は 疲れが出て、頭もボ~っとしていました。
ずっと、いつ電話が来るかと緊張した毎日を過ごしていたので、ホッとして脱力感でいっぱいでした。
これからは、夜も ゆっくり眠れます。

30日は雨ふりでしたが、お墓参りをしました。
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まだまだやることがいっぱいですが、とりあえずホッとしています。
眠ることもできるので、体調を整えて また元気に発信していきたいと思います!

私も悔いが残らないように 日々大事に過ごしたいです。

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2015年8月27日午前0時45分  義母が 天国へ旅立ちました。

長い間 施設の方々には大変お世話になり 感謝の気持ちでいっぱいです。

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戸隠へ2

今朝は寒くて目が覚めました。
台風の影響か、まだ風も強かったです。

午後はまた、義母のいる戸隠の施設に行って来ました。
山道は、風も冷たかったです。
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施設から電話がかかってくるのではないかと、落ち着かない毎日を過ごしています。
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水色の屋根が、義母がいる施設です。
周りの風景は 早秋を感じます。
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義母は、顔も手も冷たかったです。手は紫色になっていました。 
時々無呼吸状態の時があるとのことです。
先日は無反応でしたが、今日は「あ~」と苦しそうな声を出していました。
目から涙も出ていて、瞼をもちあげると 今日は瞳が動きました。
今まで開けなかった瞼を自分でもわずかに開けた瞬間もありました。

痛いとかなにか言いたいことがあるのでしょうか、昔を思い出して夢を見るのでしょうか、なんでもいいから何かを伝えて欲しいです。
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私達は皆を見送る役目があるのだなあと つくづく思います。
今までいろいろあって、大変な思いもいっぱい経験しました。
だからこそ、明るくいつもどおりにしていようと思っています!

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戸隠に来ると 時々ここに寄ります。
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ここの 蕎麦おやき が、とっても美味しいんです。
いつも時間がなくて、お蕎麦は食べれないので、おやきを買って帰ります。
母も喜んで食べます。
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考えすぎず いつも通りが一番ですね!

こんなときも、無心にギターの練習をしていると落ち着きます。

戸隠へ

朝晩急に涼しくなってきましたね。

おとといあたりから、首から左の肩甲骨が痛くなって 調子が悪いです。
今日は頭痛もしています。

体調はいまいちですが、午後夫が休みをとったので、一緒に義母のいる戸隠の施設に行ってきました。

春に入院をしたとき 危なかったのですが、強い生命力で持ち直して 施設にもどりました。
ただ、施設でも なんどか(胃ろうですが)もどしてしまって、食べれない状態が続きました。
なんとか食べれるようになったと思ったら、また もどしてしまってだめでした。
それで、今はゼリーのようなものを 入れているだけです。
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何年も目も開けず、しゃべらず、家族もわからず反応しない義母ですが、以前は顔もピンク色で ふっくら つやつやしていて生を感じましたが、今日はまったく違っていました。
顔はやせて冷たくて、顔色も白かったです。
以前は 閉じているまぶたを持ち上げると 瞳が動いていたのですが、今日は 瞳がまったく動きませんでした。
静かに呼吸をして眠っています。

なんだか このまま静かに眠るように逝ってしまうのではないか という感じがしました。
もう 覚悟はできています。
わからなくなってきてから、もう11年ほど施設にお世話になっています。 
ずっと寝たままです。 この状態で何年も…これが幸せなのかと、私達の心の中で葛藤がありました。
もう自然に任せることにしました。

戸隠は今 新そばが美味しいときです。
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そばの花です。 もうだいぶ刈り取られていました。
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お蕎麦屋さんの前を通りましたが、今日は時間がないので 何も食べずに帰りました。
新そば 食べたいな~
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SANY0011.jpg SANY0009_20150820165923ef3.jpg
途中 こんな大きな花が
なんという花かな
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手と比べると こんなにBIG です!
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買い物をして帰宅
もう夕飯の支度をしなくっちゃ!
頭 痛いです(-_-;)

絶対靴下を脱がない母

昨日今日と 朝方は涼しい風が吹いて過ごしやすかったのですが、 やっぱりどんどん気温は上がって暑くなりました。

こんな暑さでも、母の食欲はすごいです。
出したものは、あっという間になくなっています (・・;)

「食欲あるねぇ~」 と言うと、 「そうやなあ、(在宅マッサージの方)○○さんにも言われたけど、暑くて食欲がないなんて考えてみたこともなかったわ」 と。

母は冷房のきいた部屋で寝ているので、それほど影響はないのかもしれないです (^_^;)

ここへ来るまでは、逆流性胃炎もあったり ほんのちょこっとしか食べれなくて、食べては具合が悪いとすぐ横になっていたのですが、それがうそのように よく食べます。

そんな母ですが、我が家に来て2年数カ月たちますが、どうも気になってしかたがないことが。

母はず~~~~っと靴下をはいていて裸足にならないんです。

この暑い夏でもです。 私には 考えられないことです。

唯一靴下を脱ぐのは、お風呂に入る時だけです。
お風呂あがりにベッドにもどると、またすぐ靴下をはいて寝ます。 ベッドに靴下がないと 「靴下がな~い」 と騒ぎだします。
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「裸足になって、畳や床とか感じた方がいいよ、裸足でいなよ」 と言うと、即答で
「やーよ! 私は靴下を はかんことなんてないんやから!」 と、絶対裸足にならない母。

「この暑いのに靴下はいてるなんて、そんな人いないよ!」 と ふと見ると…
いた! 厚い靴下を平気で履いて 横になっている長女が…(・_・;)

長女は やっぱり靴下をはいて平気で寝てしまうタイプです。
私は 父に似て裸足が大好きで、外に出かける以外は 冬でも裸足です。 なんだか気持ち悪くて 履いていても無意識に脱いでしまいます。
二女も似て、出かける以外は裸足でいます。

足の裏も大事な目なのになあ…

母が踏んで危なかったり、食べこぼしをつぶさないようにと、毎日掃除をしてチェックしているのですが、絶対脱ごうとしない母です。

みなさんは、家の中で どうされていますか

緑内障 介護保険認定結果

6月18日に 市の介護保険課の方が介護保険の認定調査に見えたのですが、その結果が届きました。

今回は 要介護2 でした。
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要支援まで下がらなくて良かったです。

要介護でも要支援でも、私が元気で頑張れる分には、母の場合 自宅介護で施設なども利用しないのでいいのですが、なにかあった場合のことを考えると、どうしようもない状態になってしまうので、要支援にはならなければいいなと思っていました。

要支援でも要介護でも、受けられるサービスは それほど変わりはない感じですが、施設に入所などするところが違ってきます。
DSC07117.jpg 要支援
DSC07118.jpg 要介護

その都度変わっていく認定結果
調査のたびハラハラです。

2013.7まで 要支援2 (実家で母が一人で暮らしていた時) なんとか手元だけ見えていたけれど、外出もできず生活面でもいろいろ支障があり、ヘルパーさんに助けてもらっていました。

2013.7~  要介護1 (母の目がほとんど見えなくなり、2013.3月末 私の家に来て私が看ることになった時) 手すりをつけたり、ベッドや車いすいろいろ必要になりました。 それがないと、とてもやっていけない状態でした。 私も寝不足の毎日で母が慣れるまではかなり大変でした。 ケアマネさんがすぐに対応してくださり助かりました。

2014.4 要支援2 (母も私も 生活リズムができた頃) 手すりを伝ってトイレや洗面所など なんとか自分で行けるようになって、いろいろな工夫で母自身でできることが増え、私も頑張れると自信がでてきました。

2014.10 要介護3 (私に病気が見つかって、検査 手術 入院となった時) どうしようもない状況になり、母を説得してショートに。 ショート先でケアマネさんが立ち会ってくださり、認定の変更申請の調査が行われました。 施設ということで、母は手を借りないと自分ではなにもできない状態でした。

2015.7 要介護2 (私の体調もよくなってきて、母も家で生活) 術前のようには体調面で自信がなくなっていました。 母はまた自分でできることはやれていますが、毎日身体中痛みを訴え、歩くのもやっとやっとで 外での歩行練習もできなくなりました。

こんな感じで、その時の状況や 調査の方にもよるのでしょうか、認定結果はどんどん変わっていきます。

緑内障で少し見えるとか、ほとんど見えない(失明状態) とかは、 介護保険の認定には 関係ないです。

介護度はあくまでも、 どれだけ介護が必要かということなんですよね。

見えていなくても、自分で どれだけのことができるか、ここの部分だけ助けを借りれれば生活ができる、また 介護する人の負担度 などから判断されるのですよね。



眼科へ通院
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雨ふりの今日、母を眼科に連れて行きました。
目薬など終わりそうだったので、定期健診をしてもらいました。

雨ふりなら すいているかなと期待して、あえてこんな日に行きました。

運よく すぐに呼ばれ早めに終わりました。

母の眼圧は10-12 なので (正常値が10~20mmHg) 正常でした。
見え方は若干悪くなっているかなといった感じですが、そんなに変化はないようです。

眼科は 歩いては行けない距離なので、今日は車で行きました。
乗り降りのとき ちょっとだけでもスムーズにできたらと、この回転クッションを買っておきました。
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私も試してみましたが、クッションがちょっと動くだけでも、足の向きを変えるのに楽でした。
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時間的には早く帰れましたが、いつものことですが、母の通院は とても疲れます。
今日も どっと疲れが出ました。

週末父の13回忌で、愛媛に残る叔母と 埼玉の兄ふたりで こじんまり済ませるとのことです。
私は母のことがあるので行けません。

兄は この台風の中、四国へ向かっています。

通院日 けんか!?

今日もすごく暑かったですね。 こちらは36度くらいになったようです。

今日は母の通院日です。
診察の前に いろいろ検査があるので、朝早めに家を出ました。

母は病院へ行く以外、もう外に出たがりません。
今の時期だと、食べては クーラーで涼しい部屋で、すぐに横になって寝ています。
ずいぶん長い間 お日様にあたっていません。
どうしても、お日様や風にあたってほしくて 今日は病院まで車いすで行こうと決めていました。

「今日は車いすで行くよ」

恐れていたとおり

「やあよ!なんで車いすで行かんといけんの!」
もう それなら 行かん!と 機嫌が悪くなりました。

私も、何が何でも 太陽と風を感じながら車いすで連れて行く! と母のわがままは聞かず なんとか連れ出しました。

内科の病院は、歩いてもすぐなんです。
線路沿いを通れば、車は通らないし 風通しもいいです。

車でも、クーラーがきく頃には着いてしまう距離です。 母はなんでもやってもらって、クーラーがある車でビュンと行けば早いし楽かもしれません。
でも、私にとっては 車いすを押して歩いて行った方が早くて楽なんです。

一度座らせれば帰るまでそのままでいられるので、母にあっちこっち どうしてこうしてと言いながら 車に乗せたり降ろしたり 車いすに移したり、車いすを乗せたり降ろしたりがないので 負担が少ないです。

そういうことも分かってほしいのですが、すぐ機嫌が悪くなります。
それで、車いすのブレーキを外す時に ちょっと手があたっただけで、「うわぁああああ 痛い! あ~痛や! あんあんあん あぁああああ~」 と近所中響き渡るような大きな声で泣き叫びました。 
もう まるで私が虐待しているかのようです(・_・;)

母のことを考え、帽子もかぶして 水筒に氷入りのお茶を入れて持って行ったり、通院は いろいろ大変で、それも歩くのは私なのに、さすがに嫌になりました。

夏の空っぽくない青空でした。
まだ暑さも大丈夫でした。
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歩きながら、車いすでなんで行くかを話したりして、病院へ着く頃は 私も母も落ち着いていました。
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病院近くのお宅の ツタが青々ときれいでした。
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今日は 血液検査 尿検査 胸部レントゲン CTをやりました。
結果は 血圧も正常で、すべて異常なしでした。

ほっとしてまた来た道を 車いすを押して帰りました。
我が家は、まっすぐ歩けば すぐのところにあります。
わんたろうと よく散歩をした道です。
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母自身は 病院へ行くことに なにも大変でないのに、わがままを言うので時々困ってしまいます。

家に着くと落ち着いたのか、「暑い中大変やったな」 と言ってくれました。
『この~!<`ヘ´>』 と 思っても、すぐに元にもどるのも、母と娘だからですね。

そして、また 大変だと思ったことを忘れて すぐにあれこれ言うのも 娘だからでしょうか…(-_-;)

帰宅して、母をトイレに行かせて 洗面所で手洗いうがいをしたあとベッドに落ち着いたのを確認してから、急いで用事に出かけました。
大急ぎで帰って来て、休む間もなく母にお昼を用意して、洗濯をしました。

汗びっしょで ようやく座ったと思ったら、「これ もういらん!捨てとくれ」 と言うので片付けて座ったら、「歯にひっかかる つまようじをくれんか」 と言うので渡し座ったら、「あっ、ようじ どこ行った 落した 拾ってくれ」 そして拾って渡し、やっと休もうとすると、「ポポちゃんは全然しゃべらんな」 と話しかけられ…

くたくただったので、さすがに 「休ませて!」と 言っちゃいました。

わかってくれているようで、わかっていないのも母です (ーー;)

懐かしい歌

昨日届いた メロディー&ボンボン音の時計ですが、 今日母の着替えをしているときに ちょうどメロディーが流れました。
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その時になぜか私は、小学生頃を思い出して歌っていました。
なんだか懐かしい感じがして、その時の歌詞がすらすら出てきたんです。
それには 自分で驚いてしまいました。

「よ~く たず~ねて く~れたね~♪ よ~くまあ ねえ~きみ~♪  よ~く たず~ねて く~れたね~♪ さあ~さあ か~けたまえ~♪ きょうまでの~ でき~ごとを み~なはなそう おた~がいに♪」

突然口から出てきた歌詞が ほんとうにあったのか、なんの曲なのか 急に知りたくなりました。

説明書を見ても英語のタイトルばかりでよくわかりません。
でも、曲が流れると 聞いたことがあるものばかりです。
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手書きの譜でひどいですが (^_^;) こんな感じで始まります。
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Long Long Ago

わからないので調べてみると、 「思い出/久しき昔」 という曲のようで、歌詞も合っていました。

「わあ、口から自然に出た歌詞がほんとうにあったんだ~! 覚えていたんだ~\(^o^)/」

こんな歌詞を覚えていたことが、なぜかすごく嬉しい 単純なわたしです(*^_^*)

三代目の ともだち

実家から持ってきた 母の大事な 「ともだち」 が壊れて動かなくなってしまって、6月9日に 母が来るまで使っていたボンボン時計を、また出してきて使っていました。
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この時計のボンボンは、音が高めで母には聞こえづらいようで、母の頭の近くに 掛け直しました。

それがどういうわけか、この時計も わずか数日で急に止まってしまいました。
電池を入れ替えても、もうびくともしません。

30年もの間 頑張ってくれたので、しかたないですね。

母に言うと、 ともだちがいないと 時間がわからなくて困るらしく、がっくりきていました。
「ボンボン鳴る時計売っているかなあ…」

それで、ネットで 「ボンボン時計」 を検索しました。
「あった~\(^o^)/  …でも小さくて音とか大丈夫かなあ…」

それでも ないと困るので、3600円くらい(送料こみ)だったので購入しました。

それが今日届きました。
とても軽くてコンパクトな感じで、文字盤は大きく見やすく(母には関係ないですが)、おしゃれな感じです。

音は、各時間ごとに違うメロディーが流れて、そのあとにボンボンとなるようです。

とりつけは こんな感じなので、柱に釘を打たなくてはいけないです。
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さて、問題は これが母に聞こえるかどうか…
メロディーとボンボンのダブルで、ボンボンも二代目ともだちよりは音が低いボンボンです。

マグ掛け時計 振り子時計16曲メロディ 洋鳴館ようめいかん
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何回か鳴ったあと、母に聞いてみました。

メロディーとボンボンが 母にも聞こえたようです。

「よかった~\(^o^)/」

母も  「ああうれしや、ともだちがいてくれてよかった。」 と喜んでいました。
母に 薄くてかわいい 「ともだち」 を触らせてあげました。
「ともだち よろしく」 時計にあいさつをしていました。

今気付いたのですが、16曲…? 
どうやら、夜10時から朝の5時までは鳴らないようです。
便利なようで、母には残念です。
夜中トイレに行ったり、昼間寝てしまうので 夜眠れないようで 夜の時間のお知らせは母にとって大事なことです。

でも、「夜 寝なさいと言うことだよ」 と言うと、 「そうやな」 と納得していました。

ホッとしました。

介護保険認定調査

今日は、市の介護保険課の方が、調査に見えました。

毎回介護度が上がったり下がったりしているので、今回はどうなるか不安もあります。

今年度から 要支援になると受けられるサービスが少なくなってしまうからです。
施設などの利用はできなくなります。

母は 見えない良く聞こえないので、デイやショートなどには絶対行こうとしませんでした。
私も 今までは、 「要支援でも要介護でも 施設は利用しないし 私が看ることにかわりがないので、状態が良くなって介護度が下がってもいいかな。 私がいるんだから!私ががんばるから!」 と思っていました。

でも、去年の夏に 病気が見つかって急に手術入院となった時、(その時母は要支援2でした) 要支援で預かってもらうことが大変なことを実感しました。 ケアマネさんのおかげで、なんとかなりましたが。

それで、私が元気なら要支援でも要介護でも同じですが、なにかあった時のことを考えると どうにもならない状況になってしまうので、この差は大きいと感じています。

手術をしてから 体力も落ち、精神的にも不安があったりで、 以前のようには頑張れません。
最近は頭がクラクラすることが多かったり、今日は貧血ぎみだったりで、頑張る自信がもてなくなっています。

やることは今までと同じで、体調が悪くても自分が介護を頑張ることにかわりはないのですが、 今は 「頑張らない」 という気持ちで日々を過ごしています。

母は「目が見えんのに」 と、身障者になっているのに なんで介護度がさがるのかと疑問のようですが、 介護保険は 身障者何級とかは関係なく、あくまでも どれだけ介護が必要かどうかなんですよね。

どういう結果になるでしょうか…



元気に育って

トマトとパブリカ
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母のともだち交代

母の大事な ともだちが、ついに交代の時期を迎えました。

実家から持ってきた、昔懐かしい ねじ式振り子時計
ボ~ン ボ~ン と 母に時刻を知らせてくれる 大事な ともだちです。
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ねじを巻く頃になると、ボォォ~ン ボォォ~ン とゆっくり鳴るので、いつも母に 「時計がだらしそうな (ネジを巻かんと)」 と 言われていました。

そんな敏感な母なのに、 数日音が鳴っていなかったのに何も言いません。

時計が動いていなかったので、ねじを巻こうとしたのですが、ねじが回らず 壊れたと思いました。
↓部分 いつもなら 白や青い色が見えていたのですが、穴が開いちゃってます。
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仕方ないので、母のために この時計をかける前まで、ずっと使っていて しまってあった時計をまた使うことにしました。
これも 音がなるのでいいかなと。
この時計は 結婚のお祝いに仲人さんからいただいたものです。
なので もう30年はたちますが、頑張ってくれています。
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母は音が変わっても何も言わないので、 「時計止まっていたのわかってた?」 と聞きました。
「音が変わっとた。言おうと思うとった」
「音の事じゃなくて、音が鳴らなかったのに、何も言わなかったから」
「…」
「時計壊れたから 違うのにしたんだよ」
「そうか、壊れてしもうたか…あれはネジで珍しいものやったのに」「(替えた時計)あの音はよく聞こえん」

「…」

音は大きいですが、聞こえにくいのは 前のより 音が高いからかもしれないです。
「なるほど~ 高齢者には、時計の音も低いほうがいいんだ。 そう言えば、善光寺に行った時、鐘の音が聞こえて『善光寺さんの鐘の音は低い音やな』と言っていたな」

とりあえず、このともだちも仲良くしてもらわないと困るので、掛ける位置を 母の頭に近い方にしました。

ネジ巻き時計も 壊れる時があるのですね。
ラジオも時計も、母の ともだち みんな交代です。

迷子のおばあさんと一緒に

今日、買い物帰り 自転車で下っている時、歩行器のおばあさんに声をかけられました。

道に迷って帰れなくなってしまったので、わかる所まで連れて行って欲しいとのことでした。
「○○の所まで出ればわかるから」 と言うので、私もその辺りはわかるので、一緒にそこまで歩いて行くことにしました。

以前 道がわからなくなって帰れないおばあさんがいて、「○○(町名)まで行きたいんだけど」 と言うので、側の駅まで連れて行って あとは駅の方に聞いてくださいと言って帰ったことがあります。
帰宅してから ずっともやもやして気になって、夜遅かったですが警察に電話で聞いてみました。
すると、そのおばあさんらしき方が警察にいるとのことでした。

「ともだちの家に来て迷ったと言っていたけれど、このおばあさん認知症だったんだ! 家は○○と言っていたのは、もしかしたら、かつて住んでいた所を話したのかも…」

「あのとき、つい親切心でその場所まで行ける方法を教えたつもりが、間違ったことをしてしまったんだ… 認知症を疑って、警察に連絡すべきだった」 と、すごく後悔したのを覚えています。

なので、今回は慎重に対応しなければと思いました。
会話はしっかりしていて、住所を書いてあって手帳も見せてくれました。
書かれている住所は たしかにこの辺りです。
なので、とりあえず一緒にわかる所まで歩いてみようと思いました。
(この時点ではまだ警察を呼ばなくてもいいかなと)

私は自転車をひいて、危ないので おばあさんの左側にいて、車がくるとはじに寄るように伝えました。
下を向いて歩かれるので、危ないです。 でも しっかり立ち止まったり はじに寄ったり、とてもしっかり歩けていました。
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耳も聞こえ会話もでき、しっかりした方でした。
1か月前に入院をして、退院して 今までデイサービスにお世話になっていたけれど、初めて一人でお医者さんに行くのに外に出てみたそうです。 デイの方にも「一人では出ない方が」 と、とめられたそうですが、久しぶりでやっぱり迷ってしまったとのことです。
あと4つくらいで0歳になると言われていたので、96歳くらいでしょうか。
でも頭もしっかりされて会話もでき、慣れた感じで歩行器を押しながら しっかり歩いていました。

元のお医者さんまでもどったのですが、そこから自宅へいく道が説明できないようで、ちょうどベンチがあったので おばあさんを休ませてあげました。
私も地図を持っていないので、近くにいたとしても家がわからないので、おばあさんに話して すぐ近くの交番に連絡をしました。

なにがあるかわからないので、交番の電話番号も携帯に入れてあります。
110番より この場合近くの交番の方がいいかなと。

おまわりさん いつも思うのですが、到着まで時間がかかるのですよね。
家の前で 女性が犬にかまれたときも連絡しても来るのが遅かったです。

そして着た時には いつも大勢で来られます。

今日も4名のおまわりさんが来られました。
交番はすぐ近くなのですから、一人で十分なので早く来てほしいです。

そしてあとはやってくださるというので、私は帰りました。

ご主人と二人で暮らしているとのことですが、介護をしていると 人ごとには思えなくて 気になりますね。

母の目が見えなくなったのは

昨日買ってきたお茶を、今朝早速飲んでみました。
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気休めに過ぎないかもしれませんが、もしかしたら目の調子が良くなるかもしれないので。

「目薬の木」をウィキペディアで調べると、 

日本国内のみ自生して 長老の木 千里眼の木とも呼ばれている。
和名は、戦国時代頃から 樹皮を煎じた汁を目薬として使用すると眼病などに効果があるとする民間療法があったことに由来する。
眼病予防・視神経・肝機能の改善などの効果がある。
メラニン産生抑制効果・抗炎症作用など多くの効用が証明されている。

と、ありました。

肝機能が高まる解毒効果もあるようなので、お酒を飲む人にもいいようです。
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少しでも改善されるなら、藁にもすがりたい思いです。

母も 良くなるために、いいと思う物は試してみたいようです。

母が来て間もない頃、 「ここに 雲きり目薬を売っているお店があるから、それを買うてきてくれんか」 と言われました。
昔からあって、よく見えるようになると言われているようです。

それで、自転車を走らせ 善光寺近くにあるお店まで買いに行きました。
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年代を感じるお店でした。
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店内も見せていただき、時代を感じました。
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薬箱の引き出しに入った、昔使われていた目薬の原料も見せてくださいました。
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そして買ってきた目薬です。
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今は法律などいろいろあって、昔使っていた原料は使われていないそうです。

白内障には 効果があって見えるようになることもあるそうですが、ただ 緑内障の場合は気をつけなければいけないようです。

閉塞隅角緑内障は使用はできないとのことです。
雲切は、眼圧を上げる作用があるようですが、緑内障でも それほど問題がないと言われるお医者さんもいるとのことです。

そんなわけで、とにかく試してみないと納得しないと思い 2本だけ母に使ってもらいました。
す~っとして気持ちがいいようです。
母は気にいっていましたが、緑内障の改善は難しいので これでやめました。

話がとびましたが、 朝お茶を飲んでいる時に目薬の木のことを説明して、以前も聞いたことがありますが、

「いつから 目が見えなくなったの?」 と聞きました。

10年くらい前に、父が他界してそれから母も体調をくずし入院をしました。
肝臓を患って、その時に顔やあちこち真っ白になるくらい 毎日血をとられたそうです。

隣のベッドにいる方のお見舞いに来ていた娘さんが、いつもきれいな色の服を着ていたのですが、それがだんだんと色がわからなくなってしまったとのことです。
この入院までは普通に見えていたそうです。

母いわく、 「先生は 私を実験に使いたかったんだと思う。 ただデーターだけを知りたかったんじゃないかと」それくらい、血を抜かれることに不信感をいだいていたようです。

そして 両手にもちきれないほどの薬の処方 (溶かして飲むドリンク剤のようなものなど) で、さらに目が悪くなってきたようです。

そして私が母の介護をするきっかけになった、おととしです。
なんとか手先だけは見えていた母ですが、自宅の畳で転んで腰を打って入院をしました。
その入院中に 手先だけ見えていた目が、完全に見えなくなってしまいました。

私が母に会った時には、もうなにも見えなくなっていたのです。

なので母の緑内障の原因は 肝臓を患った時の治療にも問題があるかもしれないと思いました。

恐るべし母の臭覚味覚

朝、母の着替えをしている時、

「今日は暑くなるよ~」 と言ったら、

「今日は 水もみそ汁も カルキのにおいがしよるな、 (水道を)消毒しよる。」 と母は言いました。

暑い=水の消毒 と、こんな返事が返ってきて驚きました。

私には普段と変わらない水道水なのですが、母には 消毒を強めにしていると感じたようです。

その後 ホームセンターに買い物にでかけました。
そして石鹸が安かったので、買ってきました。

いい香りがする石鹸が欲しかったので、「これいい!」 と二袋も買っちゃいました。
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「いろんな香りが入っていて、通常価格の半値で298円なんてラッキ~\(^o^)/」 と単純な私は喜びました。

なぜ石鹸が欲しいかというと、
単純に、手洗い用の石鹸がなっかったからです。

今までは手洗い用は、薬用にこだわっていました。
それが終わって、とりあえず棚にあった(廃油で作った感じの)大きな石鹸を出して使っていたのですが、それを母が使って 「これは洗濯石鹸か!」 と言われてしまいました。
洗濯石鹸ではないのですが、大きくて角ばっていて においも油のようなにおいでした。

見えていないのに、いつもの場所から 石鹸を手に取っただけで すぐにそう言った母は鋭くて驚きました。

そんなことがあって、これからは香りがいいものを置いておこうと思いました。

それともうひとつこだわりが。
よくお正月にもらう干支石鹸ですが、見るからに香りがする置物なのですが、「これも使っちゃおう」 と、手洗いで使っていました。
動物のでこぼこした形、こんなのすぐ欠けたり持った感じがごつごつとして良くないかなと思っていたのですが…

意外と 手を洗う時 あのごつごつ感が、マッサージ効果があって気持ち良かったんです。
それで、つるんとしたものより いいなあと感じました。

早速開けてみました。
いろいろな香りで楽しいです。
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色も違っていましたが…
「え~、ZOOなのに、動物は袋だけ!? 動物のでこぼこな形を期待していたのに~」
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ちょっとがっかりでしたが、でも11個で298円なので 満足です(^_^)

それにしても、恐るべし 母の臭覚 味覚 手の感覚… 手抜きができない感じです。

母の記憶力

ギターレッスンに行って来ました。

川は 草もなくなっていて、とってもきれいになっていて気持ち良かったです。
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先日時間を間違えて見れなかった、先生が出られているバンドの演奏のビデオを見せていただきました。
コミックバンドのような大きな蝶ネクタイに笑っちゃいました。
とっても残念だったので、見れて良かったです。

今日は Yesterday Once More のコードをストロークで弾きました。
朝の練習も コードチェンジがうまくいかなくて、「うわぁ、どうしよ~」 と焦りました。
こうなったら しかたない、アハハ~(^_^;) と おばさんらしく思いきってごまかして弾きました(笑)

先生が上手に弾いてカバーしてくださるので、助かりました。

帰りの車の中は すっごく暑くなっていました。
母は暑がっていないかなと、急いで帰りました。

帰宅すると、外の暑さに比べ 家の中は涼しかったのでほっとしました。

先日、「25℃以上になって暑くなるよ」 と言っているのに、「冷やい」 と言って長そでを着たがる母

窓も開けさせてくれません。
部屋をのぞくと…

「うわっ」
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肩にはバスタオル、そしてタオルケットに毛布 さらに冬布団までしっかりかけて寝ていました。

靴下も 母は夏でも、寝る時まではいて寝るんです。
「寝るときは 脱いだら?気持ち悪くないの」 と言うと、即答で 「嫌よ!」
…もう何も言う気になりません。

この暑いのに もう驚いてしまいます。 この感覚の違い…温度管理は大変です。

母は いつも ともだち(ラジオ)をつけたまま寝てしまいます。
気付くと私が消すのですが。

「寝ていても聞いているのかな、 恐るべき母 きっと寝ていても頭に入っているのかも」 
と、ひとり言を言っちゃいました。

ほんとに 言葉を覚える能力は、母かポポか というくらいすごいです。

先日も 「首相官邸にドローンを飛ばした犯人は捕まったか?」 と聞きました。
「善光寺さんでも 飛ばした人がおるな」 と。

ドローンなんて見たこともないのに、 この横文字が パッと出て言えることに驚きました。
それに、これを飛ばしたことで どうなったかなど、状況が見えているかのように 言うのでビックリです。

私の方が 言葉が出てこないし ボケはじめている感じです ^_^;

余談ですが、 この日の朝の母のトイレ… 40分でした…(-.-)

もういいだろうと、味噌汁をあたためてみたものの 待てど待てど出てきません。
トイレで半分寝ているのではないかという感じでした。
本人は こんなに時間がたっているとは全然感じていないようです。  ふぅ~

善光寺御開帳へ

暖かかった昨日は、母を連れて善光寺御開帳に行って来ました。

昔長野に住んでいたこともある母を、 長野に連れてきたら善光寺に連れて行ってあげたいとずっと思っていました。
ちょうど今年は7年に一度の「前立本尊」が姿を見せられる御開帳の年です。

御開帳では、御本尊様と白い善の綱で結ばれた回向柱を触ることで、御本尊様に触れるのと同じご利益があると言われています。

今年を逃したら、7年後には母を連れて行けないかもしれないので、なにがなんでも連れて行こうと思いました。

でも、母に話すと 即答で、 「いやよ! 目も見えんのに 人ばっかりの混んだところに行ってどうするんぞ!」 と言われてしまいました。
でも、連れて行かないと絶対後悔すると思って、私も負けずに、 「長野に来て、善光寺に行かなくてどうするの! ベッドにばかりいないで外に出ようよ。 行くからね!」 と言いました。

子どもの頃 両親とよく行った善光寺、 見えなくても善光寺のことはよく覚えているはずなので、実際行って思いだして欲しかったのです。

そして当日、 朝から行く時まで 「足が カックンカックンなって歩けん! 足が痛い」 とずっと言っていました。 
そんな母には、 「これは、善光寺へ行きたくない病だよ!」 と言ってあげました。
「…」

出かけるのがおっくうになって、行くと言われてからずっと 「やだな、行きたくないな…」  という気持ちが足のせいにしているのを感じました。 (実際良くはないですが、車いすだし行けないことはないです)

そして昨日、私一人では無理なので 休みをとって夫に協力してもらい 母を連れて行きました。
混雑は避けたいので、連休前の平日の夕方を選びました。
支度をして夕方4時頃行きました。
車の中でも いやいや言っている母でしたが、絶対行けばいいに決まっていると思って 心で笑って聞いてました。

善光寺の横、鐘つき堂横に車をつけて母を降ろしました。
夫が駐車場を探している間に、私は母を境内に連れて行きました。
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去年の震度6弱の地震で、鐘つき堂の土台部分も壊れましたが、きれいに修復されていました。

そして「ゴォ~ン」という低く落ち着く鐘の音が。
母にこの鐘の音が聞こえたようで、見えなくても感じることができて喜んでいました。

暖かくて、車いすでも母は寒いと言いませんでした。
そして、正解でした。
平日4時すぎ、すいていて回向柱も並んでいませんでした。 並ばずに いつでも触れる状態でした。
DSC06223.jpg 善光寺山門

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善光寺さんと記念写真を パチリ! 元気な姿をまたみんなに送ってあげるからね。
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普段なら ずっと並んで何十分待ちなのですが、待つこともなく なんてついているのでしょう
車イスで時間がかかる母ですが、すいていたので なんとか立たせ 触ることができました。
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触って拝んでいました。
「柱は角いんやな、 丸くない」 と言っていました。
触れて感じることができて良かったです。
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そしてこれも母にとって懐かしいものです。
大香炉
煙を身にこすりつけることで、無病息災、病気平癒のご利益があるそうです。
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見えないので手で触ってもらいました。
熱いのを感じ、風で母の顔に煙が行き、煙も感じることができました。
子どもの頃、「頭がようなるように」 と、両親が煙を頭にかけてくれました。

車を置いて夫が来たので、本堂の中へ
車イス用スロープがあって 母を本堂に連れて行くことができました。
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本堂内もすいていて、御本尊様を拝むことができました。

そして母が ここへ来るといつも触っていた「おびんずるさん」
びんずる尊者 と言われ、お釈迦様の弟子の一人で、神通力が強かった方です。
自らの患部と同じところを触れることで 治していただけるということで、顔も体もツルツルになっています。
特に目は ツルツルになってしまっています。

母はどうしても目を触りたかったようです。
おびんずるさまは 高いので目は届かなく、夫と私で母を持ち上げて 目に触れさせてあげました。

そして帰ろうとすると、善光寺の方に「今誰もいないのでどうぞ」 と言われ、御印文を頂戴することができました。
御印文とは、御本尊と同じ 「えんぶだこん」という金でできた宝印で、これを額にあてていただくことで、極楽浄土を保証してくれるというありがたいものです。
普段なら、これも並んで待ってやっていただけるものなのですが、なんて幸運なことでしょう。
母もやっていただくことができました。

DSC06241.jpg 帰り飛行機雲が

なんだかさわやかな気持ちになれました。

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善光寺から城山公園の方へ 車いすをおして行きました。
「公園は 花時計があるところやろ」 母は思いだしていました。

「来て良かったでしょ」
「そうやな、鐘の音も聞こえたし おびんずるさんも触れたし、頭もやってもろうて、良かったな」

あれほど嫌がっていた母ですが、満足げで 嬉しそうでした。

そして来た時から、足が痛いと一度も言いませんでした。

私自身も 気になっていたことが実現できてホッとしています。

義母が入院の病院へ

今日はまた冷たい雨が降って寒いです。

良く晴れて暖かかった昨日は、義母が入院する病院へ行って来ました。
母にベッドの上で食べられる物を用意してでかけました。

義母は 3月半ばにも熱を出して入院したのですが、治って退院し また特養の施設にもどりました。
そして10日くらい前に、食べた物を(胃ろうですが)吐いてしまったということで 再入院しました。

肺炎で、義母の肺は真っ白です。
熱も下がり、落ち着いて静かに寝ています。
ただ、肺の状態から いつ急変するかわからない感じです。
胃ろうの交換時期でしたが、それもできません。

もしかしたらもう会えないかもしれないと、仕事が休みだった二女も一緒に病院へ行きました。

特に苦しそうな様子はなく、施設にいる時のように 静かに寝ていました。
時々 タンが詰まるのか それがちょっと苦しそうにも見えました。
二女はタンを吸引してあげたそうでしたが、自分のいる病院ではないのでやめて、顔や口など拭いてあげていました。
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病院はやはり遠い場所にあり、なかなか行くことができません。
帰る時、途中の小布施によりました。

桜はまだ早く、来週あたりが良さそうですが、菜の花はとってもきれいでした。
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小布施でお昼を食べて帰ることに。

夫は、とっても美味しい栗おこわ定食を
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私と娘は とっても美味しい栗あんみつを
栗ソフトも、とっても濃厚で美味しいんですよ。
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小布施の街並みはとてもきれいで、和風と新しいものがうまく調和がとれて とても素敵です。
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こんなところにも
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それから、須坂の丸長という つけめんのお店に寄りました。
ここまで来たら、二人はどうしても食べたいようで…

つけ麺のタレも美味しく、麺はちじれ麺でこしがあって美味しいです。
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そして、二女を送って 食材の買い出しをして、母の待つ自宅へ帰りました。

通院日

このところ雨ばかりで寒くて 気分もどんよりといった感じです。

そんな中 今日は母の通院日です。
ちょうど雨が降っていない時で助かりました。

母は 血圧も心音も正常で 特に問題はなかったです。
あちこち痛いのは仕方ないようで。

今日は 早く帰れました。

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母を降ろしやすくするために、車を反対向きで停めました。
でも、いつも失敗するんです(^_^;)
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車止めに向かって駐車すると、距離感がわからなくて すぐ乗りあげそうになって、ドン!と衝撃が
狭くても乗降が大変でもバックで駐車しないと です。

今日 病院で待ちながら、母の靴を見ると
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足の指が変形している部分が飛び出て、靴にあたって痛そうです。

この部分が開いている靴があればいいのですが。

左右両方 外反母趾から、こうなっています。
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母はヒールの靴も履いていないのですが、どうしてこんなにひどくなってしまったのか。
勤めていた時、私も外反母趾になって一時すごく痛くて歩くのが辛かったです。
今は長時間靴を履くことがないので、だいぶいいです。 偏平足になりかけた 土踏まずも元通りになりました。

トイレが詰まって大変!

今日 娘が使用した後にトイレを使ったら、
「アッ、…流れない…(・・;)」
上の方まで水がたまってきて、焦りました。

すぐに物置から ずいぶん使っていないスッポンを持って来て、スッポン スッポンとやりました。

なかなか手ごわくて、何度やっても 何の変化もなくて
「どうしよ~、マッサージの方も来ちゃう、母もトイレに来ちゃう!」
もう焦りました。
必死に スッポンスッポンやっても、音も変わらず…

バタン!
まずい、母がトイレに出てきちゃいました(・_・;)
「わあ、 トイレ詰まっちゃって今使えないの!」
「待ってられない?」
「…(-_-;)」
「… じゃあ、二階のトイレを使って」

と、母を二階へ連れて行くことにしました。
まだ使ったことがない ポータブルを引っ張り出すより早いと思いました。

母を手すりにつかまらせて、身体を支えて 一歩一歩声をかけながら階段をのぼりました。
無事トイレへ
「また やってくるから、動かないでここに座っていてね!」 

そう言ってまたもどって、スッポンスッポンやり始めました。
シュパッ ゴォ~
「ん、音が違った!」
「もうひといき!」
ゴボゴボ ゴォォォォ~

「やった~ 流れた~\(^o^)/」

ほっとしました。
そして急いで二階の母の所へ行って、階段を降ろしました。
下りはもっと危険なので慎重に
手すりにつかまってもらって、もう片方の手は私の肩に回し、母の腰を支えて 一歩一歩また声をかけながら下っていきました。

ホッ、無事到着

普段ちょっとした段差でも怖がる母ですが、非常時には頑張れるものだと実感しました。

今日の主役

なんて言うものかわからないので、スッポンと呼んでいましたが、これを考えた人はすごいなと思います!

以前 わんたろうの硬めのフンを トイレットペーパーにくるんでトイレに流したところ何度か詰まってしまって、そのたびこれに助けられました。
今までのはだいぶゴム部分が硬くなってきているのでうまくできなかったのかもと、新しいのを買いました。
夜とか いつこういうことが起こるかわからないので、 これは常備していたほうがいいと思います。 
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トイレの話ばかりだったので、きれいな花でも…
DSC05715.jpg ラナンキュラス

DSC05743.jpg 植えっぱなし冬越しビオラ

チューリップも 前鉢 無事つぼみが出て来ました。
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チューリップが咲くのが楽しみです。
早く咲かないと暑くなってすぐ散ってしまいますね。

今日はトイレ騒動で かなり疲れてしまって、午後少し寝ました。

明日は元気にワッハッハ~

見えない母に楽しみを…

見えないので、母の楽しみといったら ラジオを聴くくらいです。

相撲や野球をやっている時はそれをじっと聞いています。
そして夕飯になると夫に、どうだったか説明し始めます。
野球を知らなかった母ですが、いろいろなことがわかってきて私よりずっと物知りです。

「三者凡退とはどういうことやろか」 と夫に聞いています。 送りバントがどうだこうだと なんで知っているんだろうと思うようなことを口にします。

ちょっと前は 相撲春場所が楽しみでずっと聴いていました。
でも国会中継が長引いて 相撲の時間が短くなると、 「つまらん!」と怒っていました。

頭はしっかりしているのに見えなくて、テレビも見れない母です。
1日の中で寝ている時間が長いですが、ずっとベッドで過ごす毎日は退屈だと思います。

ラジオがつまらない時、なにか聴かせてあげるものはないかなと 母に聞いたところ、きみまろも落語も好きということでした。
それで探してみました。

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きみまろさんの声は聴きとりやすいようです。

最初 「はい、いいえ~」と返事をしていて、顔は笑っている感じで楽しそうに聴いていました。
でもだんだんと 同じことを言っているように聞こえるのか、飽きてしまった感じがします。

テープなら なんとか母はカセットテープレコーダーを自分で動かすことはできていたのでいいかなと思いましたが、これは自分ではできないと思ったのか結局私が面をひっくり返さなくてはいけなくなりました。
20分30分で終わったかを確認する手間が大変です。

それじゃあ 落語はどうかなと ホームセンターで少しだけあったので買って来ました。
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歌のように自分で操作して何度も聴くものではないので、どうせ私がやるのだから CDでもいいかなと。

落語もじっと聴いていました。
でも 耳も良く聞こえない母には、聴きとりづらい声や 言葉があるようで、 人によって「よう わからんかった」 と言っています。

せっかく買ったのになあ…
母は これもパソコンから録音してくれたと思っています^^;
こういうものは 何度も繰り返し聴きたいものではないのですね。

レンタルなどであれば 今度からそうしようかな
といっても、レンタルのお店で借りたことがない私。 どうやって借りるのかわかりませ~ん(^_^;)

そして先日、何カ月も過ぎて忘れていた頃 「ちょっとイイ女の二番の歌詞を教えてくれ」 と。
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『でたぁ… 歌詞を教えるの大変…(-.-)』

そして何度も何度もメガホンを使って 教えました。

やっぱり何度聴いても飽きなくて、自分で口ずさめるという楽しみがある音楽が、母にとって一番の娯楽なのかなと思いました。

実家のその後と思い出

昨日の続きです

実家のその後の事

連日必死に片付けましたが、完全にはとても無理でした。

滞在中、叔母ともこれからのことについて話をしました。
叔母は父のただ一人の妹です。

父は15歳の時に父親を亡くし、母と妹を養うために必死に働いて苦労をしてきました。
叔母も 東京に出て必死に働きました。
体が弱かったために結婚はしないで、ずっと一人で頑張ってきました。
そして定年になり、先にふるさと愛媛にもどって家を建てた父と母のもとへ帰って行きました。

叔母は足が痛かったりして、便のいいところで借家住まいをしていました。
自分自身も体が弱いのに、どんな時も力になってくれました。
私達も 実の子どものように可愛がってくれました。

母がいなくなって空家になってしまう家
空家にすれば、家はだめになってしまいます。
足のこともあり、高台にあるこの家は叔母にとって暮らすのは大変ですが、父が建てた家をしばらく守っていきたいというのと、眺めもいいこの家で しばらくゆっくり暮らしたいという気持ちもあって、ここへ引っ越して数年間暮らすことになりました。

ほんとうは、ずっと勤めて暮らしていた埼玉に行き もう一度暮らしたいようですが (田舎は病院も買い物も不便で 娯楽もないため)、年金だけでは厳しいこともあり、ここで生活しながら今後の事を考えるようです。

母がこちらに来てから、叔母が ゆっくりと残りの家財を業者さんにお願いして片付けてくれました。
そして自分の引越し
仏壇も お墓も しばらは叔母が管理してくれています。

実家のあるところも 若い人が出て行き高齢化が進んでこの先も不安です。
あちこちで空き家が目立ちます。
叔母ももう80歳 いつか時期がきたら、借家でも私の家でも 呼んで面倒を見たいと思っています。
その時には、埼玉の兄が家のいろいろなことを引き継ぐことになると思います。

どうなるかは 今はまだわかりませんが。

実家を新築した時のこと 

父が記念に石に彫ったものを見て、なんともいえない気持ちでここを去りました。
IMG_1194_20150324211938f6a.jpg 建て始めた時
両親は みかん畑の一画に、夢だった家を新築しました。

私は長女を出産するために、予定日の2カ月前くらいに実家に帰りました。
その時は、新築中で 荷物に囲まれた借家で生活をしました。

実家から持ってきたアルバムに懐かしい写真がありました。
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たくさんの人が手伝いに来ていました。
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女性は 食べることなど、皆が手伝ってくれました。
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だいぶできあがって
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そして夕方 上棟式では町中からたくさんの人たちが集まって来ました。
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上棟式の大イベント
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お餅や お菓子 雑貨 …楽しいことが好きな父は 奮発していろいろなものを用意しました。
IMG_0151_201503242119080c5.jpg みんな袋を持って必死ですね
父も母も笑顔で嬉しそうです。
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必死に拾う町人
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多くの人の協力や、こうしてお祝いに集まってくれる人たちのおかげで、盛大に上棟式を行うことができました。
今は高齢化も進み、だんだんとやらなくなってきたようです。

そして今度は協力してくださった方や親せきを呼んで盛大に
船盛りもあり、準備OK
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出産を控えて私も参加
残念ながら ここにいた多くの方が亡くなられてしまいました。
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完成した新しい家で、無事出産をし長女を連れて帰りました。
なので、長女と実家は同年齢です。
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その後 二階を増築しました。
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写真を見て、改めて 希望いっぱい嬉しさいっぱい 元気だった頃の両親の事を思い出しました。
こんな思いで建てた家を置き去りにして、父には申し訳ない感じです。

私の周りでも、実家が空き家になってしまって あとのことが大変だと言われる方がたくさんいます。
何代も受け継がれていくということがなくなった今 こうした問題も多いですね。

荷物ですが、整理しながら 母が 「これはいいものだから、持って行きなさい、これもいるあれもいる」 と言うので、少し持ってきましたが、今は 物のことなんかすっかり忘れています。
なければないで とくに困ることもなく、あっても必要としない
それだけ すっかりここの生活に慣れてきたということですね。

妹弟達や親せきに囲まれた ふるさとを離れ寂しいと思いましたが、今はすっかり母娘の生活になっています。

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