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Author:egao64
介護を経験されている皆さん、希望や楽しみを見つけて、一緒に元気に頑張りましょう


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人のためになる喜び

このところ一気に寒くなって、暖房をつけています。

雨の日も続いて、私もなんだか調子が悪いです。
やる予定だった片付けも、頭が痛かったり 身体がだるくて、パスしちゃいました。
気力を出して、クリーニング屋さんへ行けば 休みでがっかり
買い物はコンビニで済ませちゃいました(^^;)
IMG_6897.jpg
雨に濡れた後 お花は生き生きしてみえます。
IMG_6898.jpg
この雨で 野外での行事を予定しているところは 大変ですね。
秋祭りは もう終わったでしょうか

秋祭りというと、ブロ友さんが お祭りの役員をされていて その頑張りに 私も嬉しくなってしまいました。
それで画像を載せさせていただきました。

この手作り提灯は、ブロ友さんが一人で40個作られたそうです。
お祭りの雰囲気を盛り上げるために、忙しい合間に頑張って作られました。
七夕の提灯飾りの作り方で、中に風船を入れて膨らませたそうです。
これが とても好評だったそうです。
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そして ブロ友さんの意見で、餅まきをやってみたそうです。
お餅には やはりご自身で お祝いの「百福」の文字を消しゴムハンコで作って紙に押して巻いたそうです。

餅まきといっても、お餅だけでなくいろいろな景品も撒かれたそうです。
軽トラに 新旧自治会長さんが乗って、そこから 景品や重たいものは 書いたチケットを撒き、子供にはおもちゃ 大人には お米や洗剤調味料 トイレットペーパー パンやお菓子があったそうです。
みんな喜ばれて 大成功だったそうです。
準備はすごく大変なことですが、やり遂げて 盛り上がってみんなが喜んでくれることが 一番の喜びだったそうです。
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ブロ友さんは以前もいろいろ一人で縫ったり片づけたり頑張られていました。
夜間パトロールや 住民の苦情も親身になって聞いてあげたり…

人のためになること、人が喜んでくれること それが やりがいであって、自分の喜びなのですよね。
だから一生懸命頑張れる

私も似たところがあるので、すごく共感しています。

ブロ友さん 現在4人の介護をしているんです。
実のお母さまを自宅で介護され、お父様は施設に 
ご主人のご両親も なんとか施設に入所できましたが、お父様は寝たきりで意志が通じない状態 お母さまは 母と同じで目が見えません。
施設といっても そこへたどり着くまでの苦労は相当なもので、 入ってからもいろいろな事を頻繁に足を運んで一人であれこれやられています。
そして誰もいないご実家の片付けをしたり、書類のことや介護や病院関係の方々との関わり 4人分なんて信じられない忙しさです。

どこにもよくあることですが、やる人は すべてを背負い、やらない人は 口だけいろいろ言うだけで やらないでもなんとかすんでしまう
そしてお金の問題がからんでくるとまた大変
やらなくても それだけはあてにするのですよね

私もいろいろありました。 そして精神的にまいって 結果病気になってしまいました。
なので、ブロ友さんが 倒れないことを心配しています。

一生懸命やってあげて心が通じあって 喜んでもらえたら、苦労しても頑張れるのですが、そうはいかないのが介護です。
なので精神的にまいってしまうのですよね。
周囲も 気持ちをわかってくれるかたもいれば、逆に身内の方が冷たかったり…
それで 自分で抱え込んでしまう…

ブロ友さんは 自分のための時間は あまりない中で、こうして地域のために頑張られています。

これができるのは、人のためになる喜びを感じることができるからだと思います。

今の世の中 自分のことだけという人が多い中、人のために一生懸命頑張れる方たちも多いということは、素敵なことですね。

大変なことをいっぱい抱えて 「なんで自分だけがこんな苦労をしなければいけないの」と その時はよく思いました。
いっぱい泣いて苦しんで…

でも それを乗り越えた時、すごい経験をさせてもらったと そう思えました。
いろいろなことが幸せに思えました。

その間 良い思い出はなかったですが、何もしないで楽をする人より、逆に充実した毎日が送れている気がします。

これは 仕事でもいえることですが、わからなくて人にやってもらうと楽ですが、結局同じことが起きた時 また困ってしまいます。
でも 自分で調べてわかるようにしておけば、今度はすぐに対応できるようになって、それがまた自信につながります。
大変でも頑張って 誰かが喜んでくれると、すごく嬉しく また頑張る力になります。

苦労して得るものもあるのですよね。

お墓

昨日 夫が出かけたとき 途中にあるお墓の様子を見てきてくれました。
ずっと見に行っていないので、草が生えていないかとか 別のお墓が建っていないかとか気になったからです。

介護や見送り いろいろ経験して、最期について考えるようになりました。

娘たちが困らないように お寺とは関係なく お墓だけは用意しておこうと思いました。
それで、母がこっちに来た年に 墓地借地の権利だけ買っておきました。
お墓はまだないですが、借地料は年間4000円払っています。

娘二人 近くにはいなかったり、お寺の檀家では いろいろな費用の面でも大変です。
あとあとのことを考えると、納骨堂や共同墓地のようなものでいいのですが、 いっぱいだったり なかなか近くにはないので。
お寺の檀家さんでなくて、市内の近くでは 墓地もなかなかなくて、どうしても遠い山の方になってしまいます。

でも市内の景色のいい場所に墓地が見つかったので、その時にすぐに見に行きました。
山と池が見えて、光と風を感じて 気にいりました。

空いている真ん中が 我が家のところです。
なぜか 山側の方がすぐに売れていました。
私は、故人ではなく、お参りする者が いい景色を見える方がいいと考えました。
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縦長の○○家という昔ながらの重々しいお墓もたくさんできていますが、ここは 洋風で 好きな文字を入れる今風のお墓もたくさんあります。
〇〇家とかでなければ、私たち以外 結婚した娘たちなども 将来的にお墓に困ったら一緒でもいいかなと

ここに ピンク系の石の洋風なお墓があって、それがとても優しい感じで お墓の暗いイメージがなく こういうのがいいなと思いました。

お店の方が以前作ってくださった イメージ画像はこんな感じです。
ここに 好きな言葉を入れるだけ
この横に 可愛いインコの石像をちょこんと乗せたいです。
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悲しいから 暗くしなければいけないということはないと思います。
優しい気持ちで語りかけられるそんな場と思えばいいので。

さてさて、生前に自分たちのお墓は いつ頃建てようかな…

その前に貯金しなくっちゃ💦



カメラとさよなら

昨日は今年最後のギターレッスンでした。

雪が降ったり、道路が凍結したりする時期は 怖いので運転をしないようにしています。
それで、冬期はギターをお休みさせていただいています。

娘が小中頃までは、習い事の送り迎えなど必要にせまられて運転していました。
だいたい夜遅い時間でした。
大雪の日も、零下に冷え込んで道路がギラギラ ツルツル凍結している時も、必死に運転をしていました。

雪にはまって止まりそうになったり、静かにブレーキを踏んでもスピンしそうになったり、ツルツルでブレーキでは止まらない状態だったり… 
自転車でも 乾いて見える道路で突然滑って大転倒し 後ろの車にひかれそうになったこともあります。

怖い思いをたくさんしたので、冬の運転がトラウマになってしまいました。

そういうわけで、来月からギターはしばらくお休みをします。
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前にレッスンをされていた他の生徒さんと先生と3人で 楽しくお話をしました。
そして 「椰子の実」を弾きました。
1週間いろいろ忙しかったり、目が不調だったりで 今回あまり練習をしていませんでした。
もう観念して めちゃくちゃでもしかたない!と ゆっくり弾きました。

冬眠中 練習することにします(^_^;)

しばらくレッスンがないのでさみしいですが、たぶんこの時期は忙しくバタバタしていると思うので、身体もできるだけ休ませたいと思います。

ギターをやっていることで、ギター以外にも貴重な経験をたくさんしました。
充実していた日々に感謝をして、またこれからもがんばりたいと思います。



カメラとさよなら

カメラ屋さんに フォトブックを受け取りに行きました。
その時に、長年ずっとどうしようと悩んでいた 父のカメラを手放すことにしました。

子どもの頃 父がこのカメラで写真を撮ってくれました。
当時 父が大事にしていた自慢のカメラでした。
これに 組み立て式の三脚やフィルターセット、ストロボを一緒に持って行きました。
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カメラとそのグッズを 「これはいいカメラやけん」 と20年以上前に父から もらいました。
でも 使うこともなくずっと引き出しの奥にしまいこんだままで…

私が病気をした時に、物を少しずつ片付けていこうと思いました。
自分が いなくなったらすべて ごみになってしまうので。
父のカメラも こんなところに入っているだけでは何も意味がなく、捨てることもできず 責任を感じて逆に気が重かったです。

「父の大事なカメラを活かすことができないかな」 と思いカメラ屋さんに以前相談をした時に、「古いものでも 好きな人がいるかもしれませんのでひきとりますよ」と言われました。

「こんなところでただ眠っているよりは…ごみになってしまうよりは… 好きな人に大事にしてもらえるのが一番ありがたいこと」 と、手放すことにしました。

思い出の品とか もう物にこだわりはないです。
このカメラを提げて写真を撮っていた父の姿、カメラの話をしていた父の声や姿は、すべて私の心の中にあります。
それで十分です。

昔のカメラを集めている方など、大切にしてくださる方が現れますように。

デジタルカメラが普及して、画像を自分で修正したり いろいろできる時代がくるなんて、父は知らないのですよね。
フィルムの時代しか… 

今父がいたら、パソコンを使っていろいろ教えてあげたかったです。
新しいもの好き、機械もの好き、いろいろ興味を持って学ぶことが好きな父

生きていて、インターネットでなんでも調べたり買い物ができたり、いろいろできることを知っていたら 父は毎日夢中になって楽しんでいたと思います。
それができなかったことが残念でなりません。

マヤ歴 また不思議な感覚が

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6月25日にランチをしたことの記事で 「健康診断をするきっかけになったお友達がある意味神様かもしれませんね」 とコメントをいただいて、 私も 「今日の彼女も私を導いてくれる人なのかもしれないですね」 と返信しました。

いつもいつも救われる感じで とても気になって、 改めて 以前紹介しましたマヤ歴で調べてみました。

そして、去年の記事を見ていたら 去年の6月20日に(同じころ) 彼女と一緒にランチをして、気持ちが救われたような気がして やっぱりマヤ歴を調べていました。

その時の記事です

つながりに感謝
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私と彼女は お互い ガイドをしあう存在です。

去年 この記事を書いた時は、まだ腫瘍が見つかる前です。 
それが ほんとうに導かれたように、病院で検査を受けて腫瘍が見つかりました。
そして 今回も、わからなくてできなくて もやもやしていたことが、彼女のちょっとしたアドバイスで すごく救われました。

自分のことなどあたっていることも多くて、ほんとうに不思議な感覚です。

DSC06971_201506292211378b2.jpg プリズムを通した太陽の光です。

以前も紹介しましたが、もし興味がありましたら、こちらを訪問してみてくださいね。
自分を知ることで、なにかのヒントになるかもしれません。
      ↓
マヤ暦 神聖暦ツォルキン

私の マヤ歴についての関連記事です。
不思議な出会い
マヤ歴

父の手

今日は亡き父の誕生日です。
77歳で他界したので、生きていれば89歳です。

お酒も飲まず、身体を動かして働くことが好きだった父は もっと長生きすると思っていました。

子どもの頃 よく父に連れられ、近所の家具屋さんに遊びに行きました。
そこに ゆらゆら揺れるロッキングチェアがあって、父は そこに座っては気持ちよさそうにしていました。
その時に、「大きくなったら 私が買ってあげるね!」と約束して、父の嬉しそうな顔を覚えています。
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そして結婚して、節約しながら少しずつ少しずつ貯めたお金で、ロッキングチェアより気持ちがよさそうなマッサージチェアを買って、プレゼントをしました。

長年 働いた証券会社が 定年になったので、ふるさとにもどって家を建て 母とのんびり暮らすのが夢でした。
海に行き 自分の天馬船で釣りをしたり、畑で野菜を作ったり 楽しんでいました。

疲れると マッサージチェアに座っていました。

そして、「最近年のせいか疲れやすくてな、畑仕事をして マッサージ機がすごく気持ち良くて助かっとる。」 と電話で言っていました。
「スキーのストックがあったら送ってくれんか、 最近山の畑に行くのが しんどうて」 と電話で頼まれました。

スキーのストックよりもいいものを使っていた方を見かけて、「これ良さそう!早速買ってあげよう」 と思ってすぐの事でした。

叔母から電話で、父が肝臓がん末期で余命2カ月の宣告を受けたと聞かされました。
もう毎日涙が止まりませんでした。

父は検査入院をする直前まで畑でいつものように働いていました。
今思うと、かなりしんどかったと思います。
痩せてきた様子に、周りの人皆に病院へ行くように言われていたようですが、「大丈夫やけん」 と父は行きませんでした。
周囲の強い勧めで、やっと病院に検査を受けに行って その日に即入院となりました。

まだ 今のように本人にがん宣告をしない頃です。
早く家に帰ってやりたいこといっぱいの父には そのことをとても言えず、最後まで皆で隠し通しました。
辛かったです。
入院中も父は、母や皆の事ばかり心配していました。
「孫をまた天馬船に乗せて、釣りに連れて行ってやらんと」と、早く帰りたそうでした。

夏休みに子どもたちが遊びにきたということにして、父に会いに行きました。
これが父との最後になりました。
普通にしなければいけなかったので、父に感謝の気持ちを何も伝えることができなかったんです。

父は意識がもうろうとしている時でも、「孫が帰るから荷造りをしてやらんと…」 と心配していたそうです。

それからすぐに父は息をひきとりました。

今思い出しても涙があふれ出ます。
父の死や いろいろ大変な事があって いっぱい泣きすぎて涙が枯れてしまい、それから悲しくても一滴の涙もでなくなってしまいました。
それが今ようやく出るようになりました。

以前片付けをしていた時に出てきたファイルから、子どもの頃 父と撮ったコピーがでてきました。

あの頃は、コピーも珍しい感じでした。
父が、「ちょっと来てごらん、おもしろいよ」 と言って、二人で手のひらをコピーしたんです。

それが35~40年たった今でも、色あせもしなくて、あの時のまま残っていました。
手のしわまで写っていて、懐かしかったです。
父の手の厚みなども感じることができて、なんとも言えない気持ちになりました。

父と私の手
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小さい頃から 人が見ていない所でも一生懸命働く父の姿をずっと見てきました。
掃除でもなんでも 人のために一生懸命頑張る父でした。

短くて太い指 小さいけれど厚みがあって 働く父の手には、優しさやたくましさなど 感じる物がいっぱいです。


お墓

連休といっても、レジャーなんてとても考えられない毎日です。

昨日は、夫と義母が入院している病院へ行って来ました。
車で30分くらいかかります。

義母は危ない状態でしたが、強い生命力で持ち直し 落ち着いた感じで眠っていました。

昨日は天気が悪く、桜なども散って 景色はいまいちでしたが、鯉のぼりが5月を感じさせてくれました。
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草がぼうぼうになっていないかと、帰る途中にある お墓へも2年ぶりに寄ってみました。

お墓…といっても 墓地だけなんです。
誰の…?
今はまだお墓は建てていませんが、自分たちのために 2年前(母が来てすぐ頃)墓地永代借地権を買いました。

夫の実家、私の実家 家財の片付けなど すべて私達がやってきました。
そして夫の実家は 同居はしていなかったのですが、最終的に私達が看ることになって お墓の事お寺のことまで引き継ぐことになりました。

私の父やご先祖様が眠るお墓は、愛媛にあります。
母も叔母(父の妹)も、自分の時は、葬式などしなくていいので、骨だけ ここへ入れて欲しいと いつも言っています。

昔のように 派手なお葬式は実家の方でもやらなくなっています。
若い人達がいなくなってきて、身内だけで静かに送るという感じになってきています。
母くらいになると、自分の親しい人たちも少なくなっているので、逆にその方が 親族でゆっくり見送れていいです。
義父の時 故人を知る親族だけでゆっくりと いいお葬式になりました。

叔母は 私と兄しか頼れる者がいないので、できるだけ負担をかけないようにと 後のことをいろいろ考えてくれています。

愛媛に残った叔母は、お寺にお願いして 元気なうちに母と自分の戒名もつけてもらい お墓の霊標には先祖の戒名と名前、母と自分のを赤字で刻んでもらいました。

私達には遠すぎてお墓に行くことができないので、いづれ永代供養もお願いすることになると思います。
実家の方は田舎なので、穏やかな住職さんで 戒名など費用もすべて安いです。

夫の実家は 大きなお寺です。
なので、いろいろ大変です。
私達ができなくなったら、こちらも永代供養をお願いするしかありません。

そんなこともあって、家のこと以外にお墓やお寺などのことも あとのことがすごく気になってしまいました。

娘ふたり、あとを継ぐことはできません。
お墓もお寺が関わってくると、今の時代 あとあと大変になってしまいます。
娘たちには負担はかけたくないので、考えました。

近くに共同墓地のようなものがあれば それでもいいし、夫は 海に散骨して欲しいと言っていました。
でも、この地を離れてしまったら娘たちは、バタバタとしてどうしていいかわからなくなって逆に大変になるのではないかと思いました。 海とかいっても 適当に散骨できないし、家族バラバラになってしまうので。
娘も以前「やっぱり手を合わせる場所がないとさみしい」と言っていました。

そう思うと、お寺とか宗教とか関係なく 便のいい場所にお墓があった方が楽なのではないかと思いました。

だいたいはお寺で管理している墓地が多く、墓地も少なくなってきていると話を聞きました。
理想は 無宗教で、山の上など寂しい所ではなく、すぐ行けるような街に近い場所でした。
遠い山の上の方以外で そんな条件のいい所なんてないかなあと思っていたら…

ちょうど広告で見つけて「思った時が大事!」と すぐ話を聞きに行きました。

それが ここです。
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街に近くて、まっすぐ行けばすぐの所です。池があるので 広々した感じがします。 
高台から池を見ることができ眺めはいいです。
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山も空も良く見えて、お日様もいっぱい感じることができます。

ここが我が家の場所です。 好きな番号で選びました。
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まだ隣など空いています。
お墓から池が見える側の方が人気のようですが、私はお参りする人が、きれいな景色が見える方がいいと思いました。
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この事を母に話すと 「いい買い物をしたな、これはないとな」 と とても喜んでくれました。

私も もしもの時に悩まずにすむので、ほっとしました。
使用料はかかりますが、娘たちに負担をかけずにすみます。
「安心」を買った感じです。

ここは いちおお寺で管理していますが、無宗教でお寺との関わりはないそうです。
お墓も今風だったり、好きなことばを入れたり いろいろです。
墓石センターでイメージと見積もりだけ作ってくれました。
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○○家の墓とかではなく、明るい色で好きな言葉を入れて 優しい感じにしたいです。
この横に 石でできたインコの置物を置きたいです。
何年先に建てるかわかりませんが、元気なうちに。

形式などにとらわれず、ほっとできることが一番です。
大事なのは 気持ちです!


頑張って!

昨日 目が覚め外を見ると朝焼けがきれいでした。
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昨日 長女は東京へ行き、今日フィリピンへと日本を発ちました。

英語の勉強がしたいと、今回2カ月だけですがフィリピンに短期留学をします。
仕事も辞め、フィリピン留学の話も直前で聞きました。
すべて自分で調べて申し込んだりしたようです。
親を頼らず自分でやってみたかったのだと思います。
それにはお金がかかるので、安いフィリピンを選んだようです。

満足して笑顔で帰ってくるか、泣いて帰ってくるかわかりませんが、とにかく元気で無事に帰ってきて欲しいです。

破天荒な娘の性格には、いつもハラハラです。
今回 誰も助けてくれない環境で、一人で頑張って生活することで 英語以外にも自信をつけて成長して帰ってきて欲しいです。

20代前半では いろいろな仲間と楽しく時間を過ごしていましたが、最近は今しかできないこと 自分のためにいろいろやってみたいと思っているようです。
周りの友達は みんな結婚して幸せになる中、あえて大変なことをしようとしている娘…

それでも、なにか挑戦したいとき いつ辞めてもいいようにと 資格をとってその仕事を勧めたのは私です。
当時は かなり恨まれましたが、それが良かったと思ってくれたらいいなあと思います。

いい経験になって 気持ちの面で大きく成長してほしいと願っています。



日記帳

クリスマスも終わり、新年に向けて気持ちを切り替えですね。

3冊目の日記帳を新しく購入しました。
3冊といっても、これは10年日記なんです。

「10年なんて長いなあ…」 と思いながら始めた10年日記ですが、あっという間に2冊(20年)が過ぎてしまいました。
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この日記帳 とても便利なんです。
横に日にち 縦に年が10年分はいっています。
なので、書きながら いつもこの時期なにをしていたかなあとか 誰とどうしたとか 一目でわかって、いろいろ思い出すこともできたり、行動の参考になったりもします。
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これを始める前の7、8年は 家計簿に日記スペースがついているものを使っていました。
何冊も増えて大変なことと、1冊ずつ取り出して見ることはまずないので、やめました。

この日記には、何があった 何をしたなど 主に事柄だけを書きいれています。
辛い 嫌な思いなどの気持ちは できるだけ書かないようにしています。
あとで見た時に その時の感情を思い起こさないためです。
いいこと悪いこと、その時の気持ちは自分が一番わかっているので、感想は書かなくてもいいんです。


さて、私にとってのこの1年は…

皆さんもよくご存知かと思いますが、とにかくいろいろなことがありすぎました。

母も落ち着いてやっとこれから…と思ったのですが。

1年をまとめてみました。

2月 親知らず抜歯 1カ月も痛みで苦しむ
    経過が悪く、飲んだ薬の副作用で 湿疹などのほか全身が痛くなり 手足が動かなくな
    る。 (寝たきりになるかと思うくらい動かすことができなかった) その後なんとか回復
3月 母のことを心配してくれてお世話になった おばさん(母の妹)が急にガンで他界
4月 義兄がガンで他界
6月 わんたろう天国へ
    夫 帰宅途中転倒 頭から流血救急車に
7月 月初 私 検査で腫瘍が見つかり、検査の日々 ガンの疑いがあると告げられる。
辛い日々
    月末 手術 (開腹して良性とわかり安堵) 血が止まらず同日2度の手術。生きた心地
しなかった。
8月 半ば 退院 術後で辛かったが母の介護始まる。
    母の友だち 元気に家に会いに来てくれていたおじさんが急にガンで他界
9月 ぴー子天国へ
    私達の仲人である 大切な おとうさん 急にガンで他界


自分の身体の異常にも苦しみましたが、自分が助かり 周りがいなくなってしまうことにも苦しみました。
いろいろありすぎて、あっという間の1年でした。

でも、何かあったから考えることも行動もでき、いいこともありました。

薬の副作用で動けなくなってしまい それがなんとか治ったとき、ふとした思いからギターを習い始める。 それにより 視野も広がり、気持ちの面でも大きく変わる。
気持ちが明るくなったからか、長年苦しんでいたドライアイ(目に傷がつきやすく、痛みやまぶしさで目が開けられない状態) が自然に治ってきて 運転もできるようになる。

病気になって、家族が協力しあったり、家族のきずな 多くの人の温かみを感じることができた。
「いのち」「生きることの意味」など考えることもできた。
病気をきっかけに 今までできなかったことにチャレンジできた。
ずっと思い描いていた「大根坂」の曲を完成しムービーを作ることができた。


いろいろあったことで、逆にどんな小さなことでも幸せに思えるようになりました。

そして今 こうしていられることが なによりの幸せです。

この1年 私にいろいろなことを教えてくれた1年でもありました。

葉っぱから学んだ「いのち」

今日は ランチに行って来ました。
彼女は、私が病気になったときも 自分の事のように心配して励ましてくれた一人です。
この間も一緒にランチをして楽しい時を過ごすごとができました。

今日は 病気が治ったお祝いに、彼女から 一冊の本をいただきました。

とても感激でした。

葉っぱのフレディ
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以前 「最後の一葉」の事を書いたとき、コメントで「落ち葉の話で、葉が落ちても いのちはつながっていくという話がおすすめ」とありましたが、この絵本のことだと思います。


大きな木の枝に生まれた フレディと仲間たち
フレディは、同じ形をしていても ひとつとして同じ葉っぱはないことに気づく
親友ダニエルがフレディにいろいろなことを教えてくれる

夏には 体を寄せ合って 涼しい木かげを作ってあげると 人間たちが喜ぶこと
葉っぱを そよがせて 涼しい風を送ってあげることも葉っぱの仕事であること

楽しい夏が終わって秋がきて、みんなそれぞれ違う色に紅葉しはじめる
同じ葉っぱでも いる場所や環境 違う経験をしているから、違う色に変わってしまうことも教わる

そして ダニエルが 「引っこしをする時がきたんだよ。 ひとり残らず ここからいなくなるんだ」 という
フレディは 引っこす=死ぬこと を知る
「世界は変化し続けている、変化しないものは ひとつもない…死ぬというのも 変わることの一つ…“いのち”は永遠に生きている」と 人の役に立ったり 楽しませたり、それがどんなに幸せだったことかを伝え、ダニエルは枝を離れて行く。

ダニエルのことばをおもいだしながら、フレディも 自分の生まれたところにかえり 眠りにはいる。

そして春がきて “いのち”は変化し続けている…

といった話です。

あまりに いろいろなことが重なって、読んでいてこみあげてくるものがありました。

自分の病気や、わんたろうやぴー子 親しい方々の死で、“いのち”について すごく考えさせられました。

そして 最近作った 「Waltz  In Autumn」 のムービーが この本と同じことを考えながら 「移り変わり」を表現していたので、自分でもあまりの偶然に驚きました。
最後に入れた 一枚のツタの葉は やっぱり オーヘンリーの「最後の一葉」が頭にあって、やっぱり “いのち”について考えていたところがあります。

良かったら また見てくださいね
こちらをクリックお願いします
     ↓
Waltz In Autumn
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「思い出す秋の歌」の記事に載せた、小坂明子さん(三輪車)の「赤いもみじ」の歌が、また この「葉っぱのフレディ」の話に 重なって いろいろ不思議な思いです。

赤いもみじ

赤いもみじ 恥ずかしそうに 五本の指ひらいてた
何を数え 暮らしてるの 雪がつもる季節まで
おまえを見て顔ほころぶ人の 数をかぞえるの
知ってるのか もうすぐ枯れて 土になること…

赤いもみじ 思いくれて 五本の指おり曲げた
何を思い 沈んでるの わずかに心をささえ
おまえの仲間遠くの山で 散ってしまったの
泣いてるのか どこかの空に 別れをつげて…


子どもの頃 ラジオから流れるこの曲を聴いて、なにか さみしげな とても印象深い曲で 心に残っています。
映像などないので お聞かせできないのが残念です。

“いのち” や “生きること” について また 考えた日でした。

一生わからないふたつのこと

私には 想像さえできない、一生わからないことが二つあります。
たぶん みなさんも そうだと思います。

一つは、宇宙の果て
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頭で考えることができる太陽系
それも銀河系では ほんの一部で、そういった銀河系がたくさん存在する 広い宇宙
その宇宙の果てはあるのか、その先はどうなっているのか、その宇宙自体の始まりは…
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もう不思議でしかたないです。
ただの暗闇にしても果てがあるはずで… それを誰も想像できないので、目に見えない時間と空間といった解釈しかできないのですよね。

もう一つは、死んだら自分はどうなるのか
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病気をして、奇跡的に 手術で良性とわかるまでの1ヶ月間 家族と「死」と向かい合って来ました。
その時は前向きに 「生きたい!」 と思って、頑張ろうと思っていました。

術後は苦しく やっぱり辛かったです。
血が止まらず、同日夕方 さらに病室で12針縫って、夜再手術となり、その時に がまんしていたものが自分の中で崩れ、気が動転して 血の気が引き 呼吸困難でパニック症状が出てしまいました。
自分でも 『落ち着け』 と思いながらも、身体が反応してしまって止めることができませんでした。
あの時 『苦しい、辛い! わたし このまま死んでしまうかも…』 と頭をよぎりました。
家族に なにか伝えたいという余裕は どこにもありませんでした。

幸い 手術はうまくいって、その後の経過はよく元気になりました。

ブリタニーさんの 尊厳死のことを耳にして、私だったら どうするだろう…と考えましたが、やっぱり答えが出ません。

最後まで 『頑張って生きたい!』 と思いつつ、 苦しみを味わうと、 『こんな苦しい思いをしてまで、頑張れないかも…もし あのまま癌と言われ、苦しい抗がん治療が始まったら、耐えられなかったかもしれない…』 と弱い自分が出てしまいました。

全身麻酔… これをやるまでは、自分の存在が意識できました。
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そしてマスクを当てた途端、一瞬でわからなくなりました。
そのあとは 麻酔が切れて声が聞こえるまで、音も光も時間の経過も 自分が呼吸をしていることも 自分の存在さえ 何もわからなくなりました。
夢を見たり 脳が働くこともなく とにかく自分の存在を意識することもなかったです。
声をかけられて目が覚めて初めて 寒気を感じ 「生」を感じました。

もし あのまま 死んでしまっても何もわからず何も感じず、自分の「死」についてもわからなかったです。
暗いとか明るいとか、さまよっているとか そんな意識もないです。

夢や麻酔なら 必ず目が覚めて自分にもどります。
でも二度と目が覚めなかったら、自分はいったいどうなるのだろう…
それが どうしても想像もできません。
意識も存在しないし、全身麻酔で 自分の存在さえ感じなかったことを思うと、天国や宇宙で何かを思っている自分がいることも、おばけになって存在している自分も なにかに生まれ変わっている自分も 考えられないです。

ブリタニーさん、薬を飲んだ瞬間 全身麻酔の自分のようになり、絶対目が覚めることがないのだと思うと、複雑な気持ちです。
ただ、苦しくて辛い状態で生きるのも、本人も家族も辛いと思います。
何も考えない世界
生きている者の幸せを大事にしたいという気持ちもありますね。

宇宙の果ても 死後の世界も 考えることができないです。

生きているって素晴らしい!

お盆も もう終わりですね。
夕方 かんば(白樺の皮)を焚きました。 
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いろいろな思いを胸に、明るく燃える火を ただただ見つめていました。

ほんとうに私の人生、山あり谷ありです。
でも それを乗り越えるたび 強くなって「幸せ」を深く感じています。

そして、いろいろオープンにすることで気持ちも楽になって、また この経験を伝えることで役に立てたらと思っています。

10年前のどん底の時には、『なんのために生きているの…』と思っては泣いていました。
でも今は、『生きたい!』とすごく思いました。
命をつないでもらったことに感謝して、これからの人生 今までとは違ってくると思います。

病気に対して 前向きに取り組む反面、『もし あと少ししか生きられなかったら…』と考えたりもしました。

そう思った時、物などなんの意味もないと思いました。 逆に自分の物は片付けておきたい感じです。
私がいなくなったら、夫は毎晩お酒を飲んで テーブルで眠ってしまうでしょう。 娘達からは笑顔が消えてしまうでしょう。
まだまだ 頼りたいこともたくさんあるだろうし、もう少し見ていて欲しいと思います。
でも、大丈夫!どんなことでもなんとかなるから。
皆が 明るく前向きに頑張って、そして幸せになってくれることが なにより1番嬉しいこと。
笑顔でいてほしい。

そして自分が 家族に残せるものは… 前向きに明るく一生懸命頑張っている姿を見せること。
手術で結果がわかるまでは、ふと こんなことを考えたりもしました。

生きているって 素晴らしい! 
本当に 今 こうしていられることが信じられないような、嬉しくてたまらないです。

体調が まだもどっていないのもあったり、いまだに夢を見ているかのようで 楽しい気分にはなれていませんが、もう少ししたら 笑顔になれると思います。

明日は いよいよ母を連れて帰る日です。
まだ自信がないですが、母のことを少しずつやっているうちに、以前の生活リズムがもどって元気になれると思います。

母も私もいなくて 夫も娘も玄米を食べていたりで、白米や もち米の袋を見たら すごいことになっていました…
虫が発生! お米は糸をひいていました。
あらら…

母のご飯も始まるので、お米や食糧の買い出しに行かなくっちゃ!
さあ また普通の生活が始まりますよ~  ふぁいと!

つながりに感謝

今日は まだ寂しさもあって、気分は どんよりでした。

でも、皆さんから 励ましや 温かな言葉をいただき 嬉しかったです。

もし ブログもなにもやっていなくて ひとり家にいたら、泣いてばかりで落ち込んでいたと思います。
わんたろうのことを直接知らなくても、一緒に悲しんでくださり 一人ではないと 感謝しています。

今までは 平気できつい言葉を投げかけたり、気持ちを裏切ったり 心がなかったりと そういう人ばかりで、深く傷つき 人を信頼できなくなっていました。

でも 今は違います!
こうして 気持ちをわかってくださるみなさんがいます。
それはきっと 同じように大変な思いをされたり、傷ついたり そんな経験があるからだと思います。

もう傷つきたくないので、すべての人に同じように接することもないと思うようになりました。

ランチに

今日は 久しぶりに、いつも親しくしていただいている方と ランチに行ってきました。
お互い 忙しかったり、体調を崩したりと なかなか都合が合わずできませんでしたが、実現できて良かったです。

優しく 人の事に一生懸命になれる方です。
私のブログも いつも見てくださり、一緒に泣いたり笑ったりしてくれます。

母はいつも 「友達はな、 気持ちをわかりあえる人が一人いればいいんよ。 何も言わんでも、何を思っているか察してくれるようなともだちが ひとりだけいればいい」 と 言っていました。

友達はいても、気持ちをわかりあえて 親身になってくれるような人はいない気がします。

でも 彼女のような方が 身近にいることに気づき嬉しく思いました。

いっぱい おしゃべりができて 楽しく息抜きができました。

いただきました~  思わずパチリ
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マヤ歴  

私は いつも 人が喜んでくれるのが嬉しくて一生懸命になったり、 最近では 先生のギターの音色に癒されると もっとたくさんの人にも聴いてほしいと思ったり、 なんで自分はこうなんだろう…と 自分のことを また知りたいと思いました。

以前ブログで紹介しました マヤ歴で調べてみたところ

人との共感や つながりをとても大事にする
伝達本能が高く いいと思ったら伝えようとするメッセンジャー能力が高い
人の心の動きに敏感
人に限らず 芸術(絵・音楽)からも感じることができる
体験したことを大事にし、その経験を重ねながら成長をしていくことに重点を置いている


とあり、今の自分にあてはまっていて、このままでいいんだ と思いました。

以前も これによって 自分のことを自覚して 方向性が見えてきました。

今日の彼女とは お互い ガイドの役があるようです

ガイドとは…
 行くべき道を示してくれたり困った時に助けてくれる人
 何気なく言っていることに意味がある
 自分に先駆けて失敗して 成功も失敗も学ばせてくれる


もし興味がありましたら、こちらで調べてみてくださいね。
自分を知ることで、なにかのヒントになるかもしれません。
      ↓
マヤ暦 神聖暦ツォルキン

嬉しい日

今日は、私の誕生日です。
今までなら、歳を取ることは 特に嬉しくもなく、なんとなく過ぎていきました。
 
でも今年は、 朝からなぜか 幸せに感じました。
これも、気持ちが前向きになって 考え方が変わったからだと思います。

この1年― 今までの苦労を忘れるほど、がむしゃらに走り続けてきました。
        忙しかったですが、充実していて幸せに思いました。

いっぱい 辛い思いをしてきたから、余計に どんなことでも嬉しく思うのだと思います。

そして、これからの1年1年が素敵に思えるようになりました。

なので、ひとつ歳が増えても、私にとっては 大切な時間を過ごしてきた証のように思えて嬉しいんです。

今日はギターレッスンでした。
思いがけず 先生がケーキを用意してくださり、ジャズの曲を聴きながら レッスン前にコーヒーと一緒にいただきました。
嬉しかったです!
先生は とても穏やかな方なので、話をしていて ほのぼのしてきます。
作曲をしている期間は 魂を吸い取られるほど、集中して大変で 身体も壊してしまうそうです。
すごいことだなあと思いました。
先生の話は とても心に響きます。

さて、ギターは …というと、 今日は右手の練習と メヌエットの伴奏をやりました。
先生が メロディーを弾いて、私が伴奏なのですが、弾きながら 先生のギターの音色に うっとり聴き入ってしまい 伴奏は…ボロボロでした(^_^;)
あまりにへたっぴすぎて、なんだか自分で自分が すごくおかしくなって笑ってしまいました。
それでも先生は優しいです。

家に帰ると、母も「おめでとう」してくれました。
私も感謝の気持ちを伝えました。

夕方、夜勤明けの次女が、ケーキと団子を買って持ってきてくれました。
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「ばあちゃんも 食べてね」と、母も喜んでいました。
DSC02673.jpg 挨拶をして、次女は疲れてまた寝てしまいました。

夜に仕事から帰宅した長女が、「おいしい玉ねぎパスタ食べに行こう」と言うので、二人で自転車で出かけました。
本格的に修業をされたシェフのお店で ちょっと緊張しましたが。
今日は 長女のおごりです(^_-)

玉ねぎとパルミジャーノ・赤ワインとマルサラ酒自家製ベーコンのスパゲッティ マッシュルームサラダです。
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DSC02679.jpg DSC02677 - コピー←長女
家に帰ると、コーヒーも入れてくれました。
DSC02683.jpg 軽井沢の丸山珈琲だそうです。

今日は 中学の友達数人からも「おめでとう」メールをもらったり、本当に嬉しい日になりました。

また頑張れる気がしてきました!

人生まだまだこれから!

遅れて咲いて 一番華やかに咲いたチューリップ

ムービーにも出てきたこのチューリップ

他のチューリップが きれいにそろって咲いていた頃、堅いつぼみのままでした。
急な雷雨や暑さで ほかのチューリップが散ってしまった頃、堂々と咲きそろいました。

それは すごく豪華で個性的、手で触ると プラスチックの造花のように花びらが固くてしっかりしているんです。
そして、咲いても 皆で顔をそろえて同じ方を向かず、一つ一つが自分を主張しているかのように それぞれ違う方を向いて咲き誇っているんです。

このチューリップに すごく魅力を感じました。
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まだまだこれから!

以前 記事にも書きましたが、母が来るまでの10年間 とても苦しく辛い思いをしてきました。
一生分の苦しみを一度に背負ったような日々。
生きる希望をなくし、笑顔が消えた10年でした。
長く苦しく何もない10年でした…

いつも『このまま幸せを感じないまま歳をしていくんだ… おばあちゃんになってからじゃ遅すぎる…』 と、失った時間を悔いました。

そんな私もようやく、暗く長いトンネルから明るい出口を見つけ 希望を感じることができるようになりました。

いっぱい苦労をしてきたので、母を看れることは幸せに思っています。
そして、それがあったから こうしてブログを始めて、皆さんとつながりができ、広くものを見ることができるようになりました。

できなかったことが急にできたり、自分でも不思議なくらいです。
突然ギターをやりたくなったり、また違った人とのつながりもできて 楽しくもなってきました。

失った私の10年間… その10年を この1年で取り戻したような そんな気がします。

あの頃には戻れないですが、いろいろ乗り越えてきた今は 逆に楽しくなってきました。
歳をしたから できること、いかせることが たくさんあるのではないかと思うようになりました。

人生に無駄はない
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前にテレビで見た 宮古島のちよさん(70)の話が印象的だったので紹介したいと思います。

ちよさん

民宿をやっている。
苦難の連続だったけれど、その経験を活かした料理と笑顔で いまでは大勢の人が来てくれるようになる。

6歳  母を亡くし父親に育てられる
23歳  結婚し 大工である夫と子供3人で生活
27歳  子宮がんに
     抗がん剤の副作用に辛い日々。 看病をしていた夫も胃潰瘍に。
     収入がなくなり、生活保護を受ける。
     そのお金さえも 泥棒に持って行かれ、一家心中を考える。

その時に言われていた ちよさんの言葉に共感しました。
     「…その時に自分を変えようと思ったんです。笑わない自分から笑える自分になろう」
笑うために市場で捨ててある野菜を拾って、子供たちに美味しく食べさせるために、工夫して料理を作っているうちに、夫婦ともに体調を取り戻す。

「えっ…私と同じだ! いろいろあって笑えなくなってしまった自分。
でもあの時私も  『昔のように にこにこ笑っていた自分にもどりたい。 それには自分を変えなければ… 
人のことで苦労してばかりで人間不信になってしまった自分。
でも本当は人と接することが好きで、人が喜んでくれることが自分の喜びだったはず。
とりあえず、人と接する仕事に転職しよう!今必要なことは笑顔を取り戻すこと』  そう考えて一歩踏み出したんだ」
 

ちよさんと自分が重なって見えました。

その後 順調だった夫の会社が倒産し、再び苦しい生活に。
その時 ちよさんを救ったのは 「努力さえしていれば、いつか必ず花は咲く」という父親の言葉でした。

再び努力する日々。

46歳  民宿経営で再起を図る
    でも、お客さんはまったく来ない

    それで、パパイヤの栽培を始める
    最初の収穫を前に、台風で全滅
    ちよさんは、地面に落ちたパパイヤを拾って皮のまま塩漬けにしてみる。
    それが食品コンテストで賞を取り、ちよさんの笑顔の おもてなしと料理で民宿にもたくさん人が来るようになる   

58歳  バスガイドに挑戦
62歳  バスガイドの資格を取得

ちよさんは「人生に無駄働きはない」と明るい笑顔で話されていました。

ちよさんの思いは私も同じです。

あの頃は 人生のどん底でした。 でも、笑おう 悪いことも受け入れ、自分を変えていこうと思った時から、少しずつ光が見えてきた気がしました。
辛く苦しい いろいろな経験が、ちよさんのように自分の中でも活かされていると すごく感じます。

仕事にしても、転職した先々でいろいろな世界を見て、いろいろな経験ができて、いろんなことに活かされています。
たくさん つまづいたり、回り道をしたり それもすべていい経験なのかもしれないです。
「人生に無駄はない」
そう思います。

幸せとは
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まじめに一生懸命頑張ってきたのに、次々といろいろな苦しみを背負って「なんで自分ばかり…」と思う日々。
今までずっと 周りのみんなが すっごく幸せに見えてうらやましく思っていました。

「孫に車を買ってやった」「年金使うところがないから、孫のためになにかするのが楽しみで」「家を建ててもらった」「土地をもらった」「親に子供をみてもらっている」「親が元気で家のことやってくれて助かる」…

聞くたびに、何もない自分たちと比べては落ち込んでいました。

孫と散歩をしているおじいちゃん、庭木の手入れを一生懸命やっているおじいちゃん 元気に動いてがんばっているおばあちゃん 支えてくれてる親がいて、見るたび『いいな…』と思いました。

今まではそんな幸せな人たちの姿ばかりが見えて、さみしい気持ちになっていました。

でも、ブログを始めて 大変な思いをされて頑張っている人たちが大勢いることを知って 励まされました。

介護も、なにもやらなくてすんでしまう人もいれば、両方の親のことをやらなくてはいけなかったり、病気の家族を抱えて さらに親の介護も という人もいたりします。

でも 最近ふと 思うんです。
「何もやらず、普通に過ごしている人より、いろいろな経験をして苦労をしてきた人の方が幸せなのかもしれない」と。

「今は大変すぎて辛くても、それを乗り越えた時には 何もなく普通に過ごしている時より、人の気持ちや痛みがわかったり、充実感や希望でいっぱいで 何倍も幸せになれるんじゃないかな」 そう思います。

幸せとは、物とかではなく、心の豊かさなのだと感じます。

先日 夫が「人が喜んでくれるのが嬉しい、そういうふうになりたい」と言ったので、びっくりしました。
そんなこと言うタイプではないのに…

夫もまた、大変な思いをいろいろ経験したり、逆に人の温かさも感じたりして、変わってきたのだと思います。

長々書いてしまいましたが、今頑張っているみなさんと たくさんの希望を持って乗り越えていければいいなあと思います。

私の「えがお」は、辛いことから一歩前進するために「笑わなければ、笑顔は人を変えてくれる!」と思ったその思いから つけた名前です(^o^)

生きる希望をなくしていた時、私を救ってくれたのも次女の笑顔でした。
いつも明るく笑っていて、いろんなことに努力して頑張っている姿に、「娘たちのために 頑張らなければ!」と 元気をもらいました。
笑顔は人を変えてくれるもの、笑顔は大事ですね。

今 ふと思い出しました。
私の父も 「勉強なんかできなくてもいい、あいさつができて いつもにこにこ笑っている子になりなさい」とよく言っていました。
ほんとうにそう思います。

人と接すること

昨日の記事で、「人とのつながりを大事にしたい」と書いたのですが、そのことで
仕事での忘れられないことを思い出し、書いてみたいと思います。
ちょっと長いですが お付き合いくださいm(__)m
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私は 人と接することが好きで、そういう仕事をしてきました。

金融関係のお店で

 ロビーで戸惑われている方をサポートするために しばらくは様子を見てから優しく声をかけると、いきなり『お前は何だ!』とばかり杖で はたかれそうになったり、猫を追い払うように「しっし」と手であっち行けとばかり追い払われたり、いきなり手をバシッ!と叩かれたりしました。
そういう方は、関わりたくないのだと思い 次からはご自身で聞いて来られるまでは そっと様子を見ることにしました。

 お茶のサービスの日、毎回何もされず お菓子をバクバク食べてだけ行かれる高齢のお客様。
それでも皆で同じように話を聞き 親切な対応を心がけました。すると ある日 ドカッと他から預け替えに来店されました。

 勉強がちょっと苦手そうな高校生の男の子。 
先生に通帳を作るように言われて来店。 書き方がわからず おどおど緊張した様子で戸惑っていたので 優しくていねいに教えてあげました。顔色も悪く、人と話すのも苦手そうな やんちゃな感じもありましたが、「これからお仕事されるんですね、頑張ってくださいね」と機械の使い方も教えてあげて「ありがとうございます」と帰られました。
元気のないその姿に、大丈夫かなあ…とずっと気になっていました。
ある日作業着姿で 機械のところで自分でやっていたので「こんにちは、頑張っているんだね!」と声をかけると「いろいろ教えてくれて ありがとうございました」と 明るい口調で言われ すごく嬉しかったです。

 いつも気難しく不機嫌そうな顔で 声をかけると怒り出しそうな高齢者の男性
年に一度の書き換えに来店されるのですが、「お久しぶりです!」と声をかけると、ビックリされ「覚えていてくれたのかね、1年に1度しか来ないのに」と、そして初めて笑ってくださいました。 それから信頼につながっていきました。

 そして 「あなたがいてくれて良かった~」「雰囲気が駄目で来づらいけど いてくれるおかげで安心して来れる」「今日もありがとう」と笑顔で帰られる皆さんを見て、辛い思いをすることも多いけど、こう言って頼ってくださる方がいるから頑張れる!そう思いました。

 苦情や怒ってくるお客様
たとえこちらが 間違ったことはしていなかったり勘違いなど どんな場合でも、絶対言い返さない。
悪くなくても、まず謝り 言いたいことをすべて お聞きして、お客様を否定してはいけない。言うだけ言うと少し落ち着いてくるので、穏やかに説明をしてあげることで、納得してくださることも多いです。

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お店で

経営者にとっては嫌な客でも、私は やっぱりお客様として、みんな同じように接客をしました。
お店にとっては、役立たずの店員だったことでしょう…

 立ち読みをしているいつもの男子高校生
言われてもなかなか注意できない私です… でも声掛けはできます。
「ごめんね ほかのお客様が通れなくなるので座らないでね」「もう帰って勉強しなきゃ」「勉強…わからなくて…」「勉強難しくてやだよね、でも頑張ってね」
「部活始めたんだね!」「ハイ!今度大会があるんです」「わあ頑張ってね」「頑張ります!」
「いいことあったら教えてね!」「…(笑)」「就職するんだけど 迷っていて… ○○君は進学」「就職きまりました!」

立ち読みの子達でしたが、何気ない一言の会話で 心を開いてくれて 自分から話をしてくれるようになって、すごく嬉しかったです。 立ち読み=悪い客 と決めつけて追い出そうとするのではなく、話かけることで変わってくると思います。 

 お店の前で座り込みの学生
格好もちょっと派手で悪ぶっていて、座り込んでごみを散らかしている男子学生たち
その子たちのそばで、外のごみを掃除したり片づけたりしていると、『エッ』 その悪ぶっている子が、立ち上がって 自分で散らかしたごみを拾って捨ててくれたのです。もちろん「ありがとう」です。それから ここに座り込んで散らかすことはなくなりました。
そして、レジでも大人の人たちと同じように丁寧に接客しました。
そうすると、その子達の表情がやさしく見えました。受け答えも素直なんです。
見た目とは違って本当は優しい子達なんじゃないかな と思いました。

 ちょこっと派手でふらふら いつも来る女子学生
「今日は友達は?」「今日は一人なんです」「今日なんか違うね、髪切った?お化粧かな かわいいね」「わかりますか~(笑)」なにげない会話で、やっぱりその子から声をかけてくれるようになりました。道で会っても、笑顔であいさつしてくれます。

 元気で口の悪い女子高生たち
「やべ~お金ねえ」「お小遣い終わっちゃったの?」「お小遣いすくないから~」「残念だね、またお願いね」「腹へった~」「部活お腹すくよね」「これとこれと…あ~やっぱ今日はやめとこ」「いっぱい食べなくっちゃ(笑)」気軽に話してくれるようになりました。
私が苦手なのは、話しかけても無反応無表情な子達です。
頭がいいとか 見た目がきちんとしているとか 普通であっても こういう子達のほうが心配です。
派手だったり口が悪かったりしても、大人の声掛けに 素直に反応して答えてくれる そういう子達はホッとします。

 野球部の男子高校生
日に焼けて 部活帰り来店
まじめそうで あまり笑ったりしゃべったりしないクールな感じの子でしたが、ある日 お金を出すときの手を見て驚きました。
「野球やっているの?すごく練習しているんだね…偉いね 頑張って!」「ハイ」と言って ニコリと笑って行かれました。 その手のひらは、何度もつぶれては固くなったと思われる 痛々しい豆のあとがたくさんあったのです。

 一般の方も お得な情報を伝えてあげたり、なにげない会話で笑顔に変わります。

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経営者としては、袋1枚無駄にできない 買わないならあげないとシビアになるのも仕方ないと思いますが、でも私は違うと思っています。無駄遣いと心遣いは違います。

たくさん購入されて重くて途中で袋が破れるかもしれないと思ったら、二重にして持ちやすいようにしてあげます。
スプーンなど くださいと言われたら そっとさしあげます。「買わないからあげられません」と言って1円もしないものがどれだけの大損になることでしょう。 嫌な思いをしたら もうここへ買いには来ません。

いつも思い出すのは、イソップ物語の「北風と太陽」の話です。
冷たい態度で接すれば、かえって人は頑なになってしまうが、温かく優しく接すれば 人は心を開き 結果大きな効果を得ることができる そう思います。

見た目で決めつけて迷惑だと 嫌な態度をとるよりも、大切に思って接することで 感じがいいと評判になって みんなが来てくれる 「損して得とれ」です (*^_^*)
もちろん犯罪にかかわることは除いてです。

仕事上で 人と接した思い出を書いてみました。
ちょっとつっぱった子達も、何をしていいかわからず ふらふらしている子も、みんな大人が声をかけてあげて、ふつうに応対したり会話をしたり、温かく接すると すごく嬉しくて、 本当はそういう優しさを感じたいのではないかと すごく思いました。

サプリメント

皆さんは なにかサプリメントを飲まれていますか

お医者さんは 口をそろえて「医学的にはなにも効果は証明されていない 気休めにすぎない。 飲めば効くように宣伝しているから そう思い込んでるだけ。飲んでもいいけれどお金もかかるしね」と言われます。

母の膝が痛くなった時も グルコサミンを飲ませてみたのですが、そう言われてやめました。
病院の薬もたくさん飲んでいたり、かぶれたりしていたので、やたら飲ませない方がいいかなと。

ブルーベリーの時も意味ないと言われました。

私も目が調子悪かったり、母と同じころ 膝が痛くなったりしたので、サプリメントに頼りました。

ブルーベリーは、切らして飲まなくなった時、目がかすんできたりしたので、効いている気もします。
グルコサミンは… ん~ テレビでやっているみたいに あんなにすぐ調子よくなるものでもなく 効果がわからなかったので辞めました。値段も高いので。
運動したりしているうちに 痛みもガクガクもなくなったので、とりあえず大丈夫かな。

クロレラ

私が10年以上飲み続けているのが、このクロレラです。
今でも私を救ってくれたと思っています。

以前の記事で 大変なことが一度に起こって辛く泣いてばかりの日々を送っていたと書いたと思います。
あの時は ドライアイでもないのに 外の光が駄目で、昼間もカーテンを閉め切っていました。
うつ状態でした。
そして私の身体のなかで異変が起こっていることに恐怖を感じました。

家でも職場でもそれは起こりました。

目薬をさしたり、うがいをしたり 少し上を向いただけで グラッとして、つかまらないと立っていられませんでした。
夜布団にあおむけになって寝ているのに、立っている状態で「倒れる!」と 本当に前にバタッと倒れる感覚がありました。

頭の中は いつも地震がきたかのように揺れていて、怖かったです。

この時、仕事など精神的なものや過労で 突然倒れて死に至るということが すごくわかりました。

『このままでは、私も脳に突然何かが起こって倒れてしまう…』 不安で恐怖でした。

心細くて たまたまテレビを付けた時、このクロレラを見たのです。
価格も高くなかったので、藁にもすがりたい思いで 電話をしていました。
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薬でないので、すぐに効果が表れるものではなく 飲み続けることで体質改善で良くなっていくものと 気長に飲み続けました。
最初は お腹がゆるくなったりもしましたが、そうなるとも書いていたので気にしませんでした。

3か月くらいからか なにか変ってきた感じがしました。

これを飲むことで気持ちも落ち着いてきて、いつの間にか あの恐怖のグラグラがなくなっていたのです。
嬉しかったです! クロレラに助けられた!と思いました。

よくチラシなどで 治らなかったものが良くなってきたと書いたものを見かけますが、あんなのうそだ!と思っていたのですが、自分自身が経験したので、こういうことも起こりうると思いました。

それから ず~っと飲み続けました。
すると、いつのまにか風邪もひかなくなり、花粉症も治っていました。

今まで年中 目は赤く、鼻水ズルズル 咳ばかりで 風邪だか花粉症だかわからないくらい ずっと調子悪かったです。
それが いつの間にか 風邪をひかなくなりました。 周りが熱などみんな伝染しても うつらなかったり、風邪をひいても以前より軽くすみました。

花粉症も 今は夫がズルズル辛そうな時も平気です。


飲み続けることで、なにか体質改善になっているのかもしれません。
私は このクロレラに感謝しています。
いろいろな栄養も入っているので、何か身体に良かったのでしょうか。
お店や他で購入すると 結構高価ですが、これは 価格も1か月分1,000~2,000円くらいで良心的な価格で、勧誘などもないので安心しています。

サプリメントは その人の体質などによっても、合う合わないと 違うと思います。
自分に合ったものに出会えると嬉しいものですね。

不思議な出会い

去年の母の入院
去年の今頃、母が自分の家の寝室の畳で転んで動けなくなって、入院しました。
幸い寝室にも電話があって、母はそこまで必死に行き、見えないながら覚えている番号をなんとか押して助けを呼んだそうです。
今回はさすがに親戚もみんな「もう一人では無理だ 施設を考えないと」と言い始めました。

その一ヶ月前に義父の四十九日法要も無事終わり仏様になられたので、私の頭の中は 母を家に連れてきて看るための準備のことを考え始めていました。

まだ何も具体的に考えていない矢先の母の入院。
そのつもりではいたものの、実際遠い我が家に連れてくるには 考えないといけないことがいっぱいで、どうしようという不安もいだきはじめていました。

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不思議な出会い
母が転んで3日後に、私の気持ちを後押ししてくれるような人との出会いがありました。
以前、(ほんの数ヶ月 それも話をしたのもわずかなのですが)一緒に仕事をしていた女性から突然携帯に「一緒にお茶でもしませんか」と電話がかかってきました。
特別親しい関係でもなく、その方が辞められてから8ヶ月もたっていて私のことなど忘れていると思っていたのですが。
それも12月の気ぜわしく 寒い時期に。
こんな時期に 突然 忘れていてもおかしくない人と お茶がしたいと普通は思わないと思うのですが…
私も母のことで 悩んでいたりして誰かと話がしたかったので、迷わず 2日後に早速会うことになりました。

今でも この出会いが なぜ母が倒れてすぐだったのか不思議でなりません。
この日があったから、今があるのです。 
その方には 感謝の気持ちでいっぱいです。

帰宅後のメールで
久しぶりに会ったのですが、昨日会ったかのようにとけ込めて 仕事の話などで盛り上がり楽しい時間を過ごすことができました。
その方は、「マヤ暦」の占いを勉強されていたので、今の私の悩みを話しました。
帰宅してからメールでいろいろ マヤ暦の占いのメッセージを送ってくれたのです。

そのメッセージが、今の私の気持ちに合っていてびっくりしました。
そしてそれが 今に至るまでの私の原動力となりました。

メッセージ (途中略)

マヤ暦を勉強していると自然に必要な時に必要な人に会うので面白いです。
○ 影響力が非常にある方です。
○ 仕事熱心 とても好印象で もてなしの心に溢れた方です。
○ 相手の立場に立つことが信頼を得る大きなポイント。
○ 多くの人にチャンスを与えることでチャンスが与えられる。
○ 気苦労が多いが、お墓参りをしていれば必ず先祖などの霊的なものに導かれる。
○ 仏閣はパワースポット
○ 風邪を引くと喉にくるので気をつけて。
○ 心のあり方がポイント。人生も考え方一つで変わる。おもてなしの心を大切にするとよい。
○ 下積み経験が生かされこれから実っていく。
○ 将来的にリーダーや仕事で重要なポジションにつくことになるので、下積みを経験して人の    
  痛みをわかってあげるのが重要
○ そのままを受け入れることがいい方向に向く。
○ 今年の誕生日から来年の誕生日まで浄化、リセット 改革の年まわり。
○ 11年前~勢いで走ってきて今年はいらないものはぶっ壊す年。
○ 今年離れて行くものは浄化のために起こっていることなので改革を楽しんでください。


このアドバイスで、一気に迷いがなくなって、
「今の状況をそのまま受け入れることがいいんだ!  母の入院は、こうなるための きっかけだったんで、悪いことではないんだ!  考え方を変えると、こんなに気持ちが楽になるんだ!  十年近く辛く苦しんできたけれど、それは私にとって必要な下積みだったんだ!  この経験があったから、人の気持ちをわかろうとすることができるんだ!  義父が仏様になって、義父がいた部屋をきれいにして、リフォームして 新たに母をこの部屋に迎える準備をしていいんだ!」
 と、自分でも驚く程着々とことが進んで行きました。

部屋や家の中をリフォームしたり 思い切り片付けをしていらないものを処分してすっきりして改革していきました。
そうすることで気持ちも明るく前向きになってきました。
こちらのお墓や 実家のお墓参り、お寺で祖先の供養もできました。
実家の片付けで やはり風邪をひき 喉をやられ咳には苦しみましたが…。
そして、苦労してきたこと 今までの経験を 仕事を辞めた今、家にいながら役立てたいと思ったのが このブログでした。

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思うこと
ふうとさんの記事で「願いがかなう不思議な日記」のことが書かれていましたが、私は読んでいないのでよくわかりませんが、もしかしたらこういうことなのかな ってふと思いました。
不思議なくらい その通りになっているのは、そのことで自分がやるべき目標ができて気持ちが変わるからかもしれないですね。

りゅきさんの記事を読んで、みんな介護などで今はすごく大変だけれど 今とてもいい経験をしているのかもしれないと思いました。 これがあって 人の痛みがわかって、あとで何倍も幸せに思えるのだと思います。

ブログで思うこと

ブログの苦労
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ブログを始めてから もうすぐ2ヶ月になります。
ブログ フェイスブック ツイッター ライン… 次から次 わけのわからない言葉が出てきて ついていけません(><)
それでも 今までいろいろ経験してきたことで 誰かの役に立てたら!という思いが強く、ブログを始めることにしました。
始めるといっても ブログが何かもわからない状態。 何をどうやればいいのかもさっぱりわからなくて…
周りに経験者がいないので教わることもできず 「やったことないからわからない」と家族は冷く、途方にくれました。「もう頼まない 自分でやる~!」と決心しました。
下の娘が「ネットで簡単にできる方法載っているから、その通りにやれば できる気がする」と教えてくれたので、それを見てやり始めました。 わけわからない用語ばかりで、とにかく調べまくりでした。
あれこれいじっているうちに「なるほど」と少しづつわかってきました。画像を載せることも最初難しくて、サイズを小さくするとか私にはかなり大変でした。そばに聞ける人がいれば、どんなにいいか と思いました。
一番苦労したのが 絵手紙を載せることです。 特別の機械もないし、どうやったら たくさんの画像を載せられるのか、考えました。 
まず、はがき一枚一枚をフォトレコに通してデータ化(そのため斜めになったりして画像が曲がっています。このへんが私のいいかげんなとこですね)
それをまた一枚一枚画像を縮小作業 一番大変だったのが、画像をアップロードする作業でした。(アップロードの意味もわからない私がやるのですから大変なことです)
数枚づつしかできないので 気が遠くなりそうでした。 全部選択 コピー 貼り付け のように簡単にできればどんなにいいかと ぶつぶつ言いながらもくもく作業しました。
さすがにギブアップしたくなりましたが、思ったらやり遂げないと気がすまないので 母を早く休ませてから ひたすら頑張りました。
まだまだわからないことだらけですが、自分でやれたこと 嬉しいです!

ブログの喜び
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とっても嬉しいんですヽ(*´∀`)ノ
誰かの役にたてたらって思っていたのですが、一番助けられてるのは自分自身かなって思います。
介護で 仕事も辞めて人と関わることが少なくなって、自分だけ置いていかれるようなそんな毎日ですが、ブログを通じて自分も外の世界を見ているような、いつも誰かと会話しているような そんな気になります。
ブログを訪問してくださる皆さん、そして温かいコメントをくださるみなさん ありがとうございます(((o(*゚▽゚*)o)))いろいろな思いが伝わって、いつも泣いたり笑ったりしています。 もしブログをやっていなかったら 不安を感じてさみしがっていたと思います。

思うこと


これから記事がひとつ増えるごとに、ひとつずつ前の記事がこの画面から追い出されます。
大変だった日々や思いは、全部過去のことになってしまうんだなあ… 
これからも何があるかわからないですが、きっと明日を考え前進するのみ!ということなんですね。
希望を失いかけた日々 こんなことはドラマでのことだと思っていたことが、普通の家庭で突然起こるんですね。
なんでもない日々があたりまえの日常が、今は幸せに思います、それは、私もたくさんの試練を乗り越えてきたからです。
不安を持たず、眠い時にぐっすり眠れて お腹がすいたら美味しく食べれて ゆっくりあったかいお風呂に入れる 普通のことのようで、これが幸せだと思います。 その幸せのために 皆、一生懸命悩み苦しみ乗り越えようとしているのですね。
どうしようもないことも いつか時間が解決してくれる、嫌な思いも薄れていく日も来る!
どん底を経験すると、あとは上しかないのだから 進むだけ!そう思っています。
みんなが 笑顔になれることが 幸せなんです(*^o^*)
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