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Author:egao64
介護を経験されている皆さん、希望や楽しみを見つけて、一緒に元気に頑張りましょう


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5年

母が我が家に来てから 今日で5年になります。

早いものですね…

義父が他界して 四十九日法要も終わり、いつでも母が来れるように部屋をきれいにしておこうと思った1か月後に母が実家の畳の上で転んで腰を打って入院
手先がほんのわずかだけ見えていた目も、入院中に見えなくなってしまいました。

もう迷いはなかったです。

兄弟や親せきなどみんなが母を説得しても 「子供たちの所には行かん! 一人で大丈夫!」  と言って聞こうとしなかった母

埼玉から兄が病院へ 母を説得しに行きました。

そして 私の所なら、長野は父の仕事で長い間暮らしていた場所なのでと 納得してくれました。

部屋を掃除 リフォーム いろいろ準備をして、仕事も辞めて 母の病院へ向かいました。
病院で見た母は 痩せて弱々しく別人に見えました。

実家へ連れて帰り、3週間くらい そこで母の介護をしながら、気が遠くなりそうな家財の片づけ 銀行や役場 病院へ手続きに行ったり めいっぱいでした。

夜1時間ごとに起きる母のトイレ 夜も眠れず 日中も休めず、何度もふ~っと倒れそうになりました。
あの時 もっと前から、いろいろなストレスや疲れから 私は病気になっていたと思います。
でも 病気と知らなかったから 気力だけで頑張れたと思います。

実家を離れる頃 母は頻繁に 漏らすようになって、長時間の移動ができるかも心配でした。
でも、気が張っていたからか なんとか無事長野に来ることができました。
正直 かなりフラフラで私の方が倒れそうなくらいだったのですが、それでも母を支えなくてはいけなくて 必死でした。

そして 家に着いてから また大変な毎日が

民生委員さん ケアマネさん 介護用品のお店の方などのおかげで 介護も順調でした。

トイレなどの移動など いろいろ慣れてきて、私もようやく少し楽になってきたころ、私の病気がわかり手術…

毎年この日が来ると、あの時の大変だったことを すごく思い出します。
母が来る前の10年間がもっと大変だったので、私にとっては 母の受け入れは苦になりませんでした。

病院で母を見たとき、このまま寝たきり介護になるかもしれないと思いました。
ずっと付きっ切り介護を覚悟していました。
でも 最初に頑張ったことで、今の生活があり 私もこの数年で いろいろなことにチャレンジすることができました。

「5年も生きれん! 1、2年生きれればいいかな」! と言っていた母ですが、今では 太ってまだまだと大丈夫そうです(^_^;)

今朝は 栗おこわを炊きました。
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食欲もすごいです
毎日必ず食べるのが 豆です。

黒豆 金時豆 紫豆 大豆… 作ったり 買ってきて 毎朝出しています。
あとは 卵入りのお味噌汁やヨーグルト

箸やスプーン 茶碗やお皿も やっとやっとで今はなんとか自分で持って食べています。
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この黒豆は ふっくらつやつや 今までで一番上手に炊けました~
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朝 起きると

あらあら ブロッコリー君が…
ついに手すりから落ちたようです。
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なくても もう大丈夫かな と思っていたら、母の着替えをしているとき

「ぬいぐるみ 落っとらんかったか? あそこ 入口の所の目安がなくなって困るけん」 と言うのでびっくり

母は これが落ちて無くなったことも 手の感覚でわかっていたようです。

「ブロッコリー君 顔つぶれてきついけど 役立っているからね 頑張ってね」 と言いながら またもとに戻しました。
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たくさんある手すり 
タオルや洋服を手に持っているだけでも 右と左掴まる手すりがわからなくなったり、 どの手すりにつかまって どこを向いているかもわからなくなることも よくあります。
なので マスコットなど ぶらさげてあるものも 母にとっては 大事な役割をしていると 実感しました。
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夕飯は 頑張って天ぷらを揚げよう~

夕方 ご近所さんから 東京のお土産をいただきました

美味しそう! やった~\(^o^)/

これは 自分へのご褒美として いただきま~す(^^♪
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コメント

えがおさんの人生はまさに波瀾万丈ですね。
お母様の事。ご自分の病気の事。
介護。言葉にすれば短いですが
とても大変な思いをされたのですね。

お母様は家を出る事を初めは拒否されてたのですね。
でも目が不自由で一人暮らしは無理がありますよね。
長年住み慣れた家を出るのが嫌だったんですね。
そんな事は言ってられない状況ですもんね。

えがおさん自身がご病気になられてそれも辛かったでしょう。
お母様の事も気がかりだったでしょうし
恐怖との闘いだったと思います。
娘さんが協力して下さったんでしょうか。
こういうとき女の子は力になりますね。

色々あって今も病気と向き合って介護も終わりがないし
大変は続いてるんでしょうけど
ギターや少しのお出かけやお友達とのおしゃべり、
ご自分の時間が取れるようになってよかったですね。

これからご自分の楽しみの時間が少しずつ増えるといいですね。
2018-03-23 22:13 | よっさん #- | URL編集 ]

よっさんさん こんばんは~(^_^)

そうですね、自分でもすごい人生だなって思います。
真面目にコツコツ頑張ってきたのに、次から次と大変な思いをして
生きる希望もなくしかけたこともありました。
ホント、これでもかっていうくらい 悪いことばかり続いて

でも 母をようやく近くで看ることができるようになり、それからは逆にいい方に向かって行きました。
家にいて いろいろなことができるようになって 世界が広がった感じです。
仕事も 転職をしたことで、必要に迫られ、パソコンを覚えて、それからブログにチャレンジして 皆さんとも出会えました。
YouTubeにもチャレンジ 可愛い家族は失いましたが、いろいろ画像も残すことができ、また新しい出会いもありました。
ギターを始めたことで 違った世界を経験することもできました。

幸い確率的にもわずかな良性腫瘍で助かりましたが、私も家族も もう長く生きられないと思って過ごしたあの経験があって、生きていることの喜びを感じて それから人生観が変わりました。
シェーグレンは 一生付き合っていかなくてはいけないですが、身体と相談しながら いろいろ楽しみたいと思っています。

母は 自分の家で一人で大丈夫だからと 周囲の意見を聞こうとしませんでしたが、今思うと あの時決断してここへ来て良かったと感じていると思います。
ここでの生活が普通になって、家も 物も なんのこだわりもなくなりました。
義父が他界してすぐ母が入院 大変なことですが、今思うと 母がなんとか来れる状態の時に こうなるようになっていたのかなと思います。

今まで起こった悪い出来事も いつかはいい方に向かって行く一つの経験だったのだと思えるようになりました。

またどうなるかわからないので、今を楽しみたいと思っています(^_^)
2018-03-23 23:36 | よっさんさんへ #- | URL [ 編集 ]

こんにちは( ゚∀゚)ノ

お母様がえがおさんちに来られて5年ですか~
今でこそ、生活のリズムが出来てるでしょうが、お母様が来たばかりの時はかなり大変だったんでしょうね。。

うちの母も、今はまだ1人で頑張ってくれていますが、いつどうなるかわかりませんからね~~(TдT)
その時に何をしてあげられるんだろう。。
そう考えると、えがおさんは凄いなぁってつくづく思います。
なかなか出来る事じゃないですもん!
自身の体も大変なのに、お母様の介護も。。

お母様はホント幸せですね!
私も見習わなくちゃ!です(p`・ω・´q)
2018-03-25 18:51 | ワッチ~ #- | URL [ 編集 ]

ワッチ~さん こんばんは~(^_^)

もう5年 早いです。
でも この5年は 自分自身もいろいろ楽しみを見つけて充実していました。

その前の10年が どん底で、泣いたり怒ったり落ち込んだり 笑顔が消えて つらい思い出の他は何も残っていなかったので。
母のことは大変ですが、それでも今こうして自分のために時間も使えていることが 幸せに思います。
遠く離れていて、何かあっても何もできない 常に心配ばかりの日々は逆に精神的にもよくないですからね。
娘なので お互い 言いたいことを言い合っても、やってあげられる やってもらえる というのは お互い気持ちが楽です。

腫瘍は 奇跡的に良性で助かりましたが、あの時を機に 生きている喜びを感じて、これからを大事にしようと思いました。
考え方 心の持ち方も変わってきました。

シェーグレンの方は一生付き合ってはいけなくて、身体はだるいですが でも やりたいこともいっぱいで楽しんでいます。
介護もこれから先どうなるかわかりませんが、なるようになる!と思ってやっていこうと思っています。

施設とか うまく利用できればいいですが、母の場合は見えない聞こえないなので 私が頑張るしかないです。

ワッチ~さんも 息子さんが自立してさみしくなりますが、楽しみを見つけて自分のために思い出を作ったり 忙しがっていると 気にならなくなるかもしれませんね。

お母様や ご主人のご両親のことなど、ワッチ~さん 働きながら すごく頑張られていて 偉いなあと いつも思っています。
2018-03-25 19:49 | ワッチ~さんへ #- | URL [ 編集 ]

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