プロフィール

egao64

Author:egao64
介護を経験されている皆さん、希望や楽しみを見つけて、一緒に元気に頑張りましょう


カテゴリ


最新記事


月別アーカイブ


最新コメント


カレンダー

04 | 2017/05 | 06
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -

フリーエリア

にほんブログ村 介護ブログへ
にほんブログ村にほんブログ村にほんブログ村 介護ブログ 在宅介護へ
にほんブログ村 再生ボタン►を押してから、画面下のYou Tubeをクリックすると大きな画面で見れます

リンク


アクセスカウンター


天気予報


-天気予報コム- -FC2-

検索フォーム

QRコード

QR

3周年

愛媛から母を連れて来て一緒に暮らし始めてから 今日でちょうど3年になります。

あのとき行動に移さなかったら、母も私達も今こうしていられなかったと思います。
母は施設に入ることになり弱っていき、私達は 心配をかかえ遠い愛媛まで何度も往復することになったでしょう。

入院中に ほとんど目が見えなくなって、足も弱って歩くことも難しく、ここへ来る前になって おむつから漏らしてしまうことも多くなりました。
そんな母を 兄と二人で支えて、なにがなんでも連れて来ないとと必死でした。

私が母が入院する病院へ迎えに行って実家へ連れて帰る時、母はやせほそり 一人ではなにもできない状態でした。
あまりに変わり果てた母を見て、涙が出ました。
この状態では 大変な介護になると覚悟しました。

母を支えて連れて帰らなければいけないのですが、そんな私自身も 実家で母の介護をしながら、一人でいろいろ手続きや山ほどある家財の片付けなどで フラフラで今にも倒れるんじゃないかと限界を感じていました。

ただただ必死で、気だけでなんとか 自分を支えていた気がします。

疲れがたまっているうえに、母への気遣い 愛媛から長野への長旅で、家に着いた時は フラフラでした。

でもそんな状態でも休めないのが介護です。

夜遅く着いたのですが、休む間もなく届いた荷物から、母の布団を探し出して、母を寝かせました。
部屋は実家からの荷物だらけで、私はその荷物の隙間に 小さなこたつを置いて畳に長座布団を敷いて、母の横で寝ました。
寝るといっても、1時間置きにトイレへ行く母に付き添い ほとんど眠れずでした。
まだ冬のように寒かったです。

まだベッドも手すりもなくて、どこがどうなっているのかもわからない母につきっきりの毎日で、きつかったです。

でも、ケアマネさんがすぐに手続きをしてくださり、介護用品のお店の方に連絡をとって、介護用品や手すりの取り付けも早めに準備してくださったので、とても助かりました。

きつかったですが、トイレも ポータブルではなく 自分でトイレでできるように、 トイレまで手探りで行けるように その都度ついて母に教えました。

できるだけ母が自分でできるように、いろいろ工夫もしました。

あの時 母は自分ではなにもできなくて、大変な介護になると覚悟をしましたが、最初が肝心で 工夫しながら一緒に頑張ったことで、母も私も 今落ち着いて生活をしています。

この日が来ると いつも思い出します。
朝 母と少しその時の話をしました。

今日はお赤飯を炊きました。
母も喜んでいました。
DSC09956.jpg
今日はこの紫米を入れてみました。
食感がいいのと、色がつくのが気にいっています。
あとはお菓子の甘納豆を入れています。
DSC09954.jpg

今日は満月ですね
残念ながら雨で月は見れませんでした。
昨日の夕方 きれいだったので撮った月です
DSC09950.jpg
DSC09949.jpg

コメント

頑張りましたね。p(^_^)q

えがおさん、介護の大変さを記事にして下さって本当にありがとうございます。
私もいずれ迎える両親の介護に、えがおさんの記事を読む度に色々と考えさせられ勉強になります。
こうやって、今、肩を並べてお赤飯を食べながらお母様をお迎えした当初の話しができる事、本当に良かったですね。
いつも真摯に困難と向き合って乗り越えていくえがおさんを尊敬します。
人生山あり谷あり、いい事ばかりではありませんものね。
でも、その都度その都度困難と向き合って私も困難を乗り越えて行こうと思います。p(^_^)q
昨日は満月だったんですね。月のクレーターが見えますね。
きっと私だときれいに撮れないだろうなぁ。σ^_^;
2016-03-24 08:49 | メルのお母さんこと、ともりんです。 #- | URL [ 編集 ]

ともりんさん ありがとうございます(^_^)

この日がくるたびに、あの時の大変だったことを思い出します。

夫の実家もいろいろあって、一番大変な時期に、近くにいた私達が両親を看ることになりました。
義父が他界し四十九日を終えてホッとする間もなく、今度は母が自宅で転倒し入院
それから母を受け入れる準備や、いなくなる実家のことや 一人で大変でした。
山ほどある家財や洋服着物布団など 見ただけでも気が遠くなりそうでした。
私の体も悲鳴をあげていました。突然倒れてもおかしくない状態で。

でもなんとか乗り越えて今があります。
最初にトイレを覚えさせ、そのうち紙パンツをおもいきってやめて普通のパンツにもしました。
自分でできるように工夫したりして、母も一生懸命頑張りだして元気になってきました。

またどうなるかわかりませんが、3年間穏やかに暮らせて良かったです。

私自身まだまだこの先何があるかわかりませんが、今を大事にしたいと思っています。

まんまるお月さまには、パワーをもらえて癒されますね
お月さまは、倍率の高いコンデジの方が きれいに撮れる感じです(^_-)
2016-03-24 10:09 | ともりんさんへ #- | URL編集 ]

えがおさん、こんにちは。

ブログの最初の頃を思い出されますね。。。
お母さまを迎える前も、迎えてからも、ほんとに大変な想いをされて、今があるんですものね。
そして、えがおさんのアイデア、工夫、それがどんなにお母さまのためになったことでしょう。

そういえば、最近はお母さまのお話が少なくなりましたよね。
それだけでも、穏やかに過ごされているということがわかります。
それも、毎日のお世話があってのこと。
いつもお忙しいと思います。
ご自身のお体のことも労わって、たまには専門家にも頼って無理しないでくださいね。
えがおさんがお元気でないと、お母さまの今の生活はない立ちませんから。
2016-03-24 14:01 | みかん #sj93pB3o | URL [ 編集 ]

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
2016-03-24 14:20 | # | [ 編集 ]

みかんさん ありがとうございます(^_^)

3年前病院に母を迎えに行った時は、髪は真っ白で やせて弱々しくベッドに横たわっていて、母ではないと通り過ぎて探したくらい別人でした。
入院中に目も見えなくなって、歩くのもやっとやっとで、大変な介護になると思いました。
血圧も高いままで、足はむくんで人形のように異常に光っていて、逆流性胃炎で もどしてしまうと ご飯もわずかしか食べれなくて、少し食べては横になって寝ていました。
床から這って行って、てすりにつかまって 必死に立ちあがってトイレへ行っていました。(自分の家なので見えていなくても感覚はわかっていました)
精神的な物やいろいろあったのか、便も紙パンツからあふれ出して、トイレのこともあって 連れて来るのもかなり心配でした。

でも寝たきりにさせないように、できるだけ自分でできるように一緒にがんばり 元気になってきました。
手すりなども同じようにいろいろ考えて頑張られている方がいると、みかんさんのブログを知りました。

不思議ですね、若い頃から長年ずっと高かった血圧が、こちらの病院で診てもらってから正常になって、むくみもなくなりました。
逆流性胃炎も 吐くほどひどいことはなくて、バクバクとすごい食欲で太って、昔の母になりました。

母のことが少なくなったのは、母も自分のペースで落ち着いて変わったことなく暮らせているからなんですよね。
これからどうなるかわかりませんが、今少し落ち着いて生活ができて 3年たったことが とても嬉しいです。

このところ眼科や歯医者など 私の方が通院が忙しいです(^_^;)
介護する者が こんなんじゃいけないなと思ってしまいます。
2016-03-24 14:51 | みかんさんへ #- | URL [ 編集 ]

鍵コメさん ありがとうございます(^_^)

母は施設は絶対だめなんです。 そこへ行くくらいなら死んだ方がいいくらいに思っているので。
そうなったら、希望もなくして精神的にまいって 弱っていって長くはなかったと思います。
私達も 遠くでただ心配ばかりでなにもできない、いざとなっても片道11時間もかかる長旅ではどうにもならず、また不安な毎日を送っていたと思います。

鍵コメさんも ほんとうにいろいろ大変な中 頑張っていて、いつもすごいなあって思っています。
やっぱり 辛いこと大変なことが一度にあって、精神的に追い詰められる時期も その度合いは違っても皆それぞれあるのですよね。
そして それを乗り越えて強くなるのですよね。

鍵コメさんは 優しいですね。
いつも何に対しても愛情を注いで献身的で。
また大変になると思いますが、介護も 悔いがないようにされるといいと思います。

また わんちゃんが増えてにぎやかになりそうですね。

ご実家は空家になるのですね、そちらのことも考えないといけないですね。

今思うと、私も いろいろ抱え過ぎて、腫瘍ができて大きくなっていったのかと思います。
鍵コメさんも お身体には気をつけてくださいね。

2016-03-24 15:12 | 鍵コメさんへ #- | URL [ 編集 ]

お疲れ様です

3年なんですね。
ずいぶん頑張ってこられて、本当に頭の下がる思いです。
お母様もえがおさんと暮らせるようになってから、幸せなのではないでしょうか。
介護は大変かと思いますが、私の経験上、いなくなってしまうと大変だったことすら想い出の一つです。
大変な思いも、そこにいてくれてこそ。
そうはいっても、えがおさんはご自分の体のこともありますし、楽ではないと思いますが、いつも前向きでいろんな工夫をされていてとても感心します。

適度に息抜きをしながら、これからのお母様との日々をお過ごしください。

お月様きれいですね。私も写真にと思ったことがありますが、こんなにきれいに撮れませんでした(^▽^;)
2016-03-24 18:05 | あおい #- | URL [ 編集 ]

そこまで弱っておられたお母様を、えがおさんの愛情と努力と知恵で、回復させて、とても凄いと本当に思いました!!
ご主人さまやお嬢様がたの協力も、そして、言い方がヘンですが、お母様ご自身の協力も、すべてがあってこそじゃないかと思いますm(__)m

気持ちのやり取りですよね。何でも。
将来、私も介護することになったとき、えがおさんのブログを参考にさせて下さいm(__)m

引越前の家に残してきた家財道具やなんやら、片付けがまだなんです。。
捨てられないもので、こっちに置き場が無いもので、使っていない物は、結局やっぱり処分するしかないんですよね。。。
2016-03-24 18:23 | シロめっちラピ母 #nQ5bPT7s | URL編集 ]

こんにちは(* ̄ー ̄)

最初の頃の介護は手探り状態で精神的にも体力的にも辛かった事と思います。よく頑張られましたね。
そして今お母様が穏やかに過ごせていられるのは旦那様や娘さんの理解と協力があったこそ。。
お母様、本当に幸せだと思います。

仕事柄、色々なお宅に行かせて頂きますが、独り寂しく毎日を過ごされてる方は沢山います。
そんな方達を見てるからこそ、えがおさんは凄いなって思います。
だけど、くれぐれも無理はしないで下さいね!
えがおさん、頑張りすぎちゃうから。。笑
利用出来る介護サービスは出来るだけ利用して息抜きして下さいね(^◇^)
2016-03-24 18:51 | ワッチ~ #- | URL [ 編集 ]

あおいさん ありがとうございます(^_^)

正直 愛媛でのあの状態を見た時、寝たきりも覚悟して 何年いられるかなと思っていました。
でも、なんだか逆にやる気が出ちゃったんですね(^_-)
入院中 白髪だらけ 頭も手足もカサカサで粉状態 やせている姿を見て、 「お風呂でよく洗ってつやつやにしてあげるから! 頭も染めてきれいに、以前の母のようにブクブクにしちゃうから!」って。 ホント、ブクブクになって目標達成です(笑)

母を看る前 私も義父のことで大変な思いをしましたが、仏様になって気持ちも穏やかになってきました。
あおいさんも、お墓参りをされて 少しずつ穏やかになられて、苦労したこともいい思い出になられて ほんとうに良かったです。
考え方をかえるだけで、時間とともに悪いことも 自分にとっていい経験をしたと思えるようになりますね。
なんだか不思議です。

私もまだまだがんばらないとです!

2016-03-24 19:36 | あおいさんへ #- | URL [ 編集 ]

シロめっちラピ母さん ありがとうございます(^_^)

病院で見た母は まさに老婆でした(^_^;) 母というと 体格が良くて 鉢巻をして 料理をたくさん作ってくれたり、踊りをしていて背筋ピンというイメージや どこでもさっさと歩いてでかけていた姿を浮かべてしまうので、あまりに変わり果ててびっくりしました。

でも 元気にするのが私の目標になって なんとか頑張れました。
本当に母の頑張りもなければ こうはいかなかったと思います。

介護をしながら いろいろ工夫をしたことで、自分も楽になりました。
見えないし 足の力がなかった母は 浴槽から立ち上がれず、おぼれそうになってお風呂も恐怖に感じ始めていました。
でも 立ち上がる時に母にお尻を少し持ち上げてもらって 下に椅子を入れて、いったんそこに座ってから立ち上がるようにしただけで、浴槽からあがることもできるようになりました。

シロめっちラピ母さんが介護をされるようになったら、きっと私以上にいろいろ工夫をされることと思います。

こちらの両親のこともやってきたので、夫も理解があるんです。

夫と私 両方の実家の家財を処分してきたので、いろいろ考えてしまいました。
夢のマイホームも、住む人がいなくなったらさみしいものですね。
物にも執着がなくなりました。
子どもたちも離れていなくなったら、物もおもいきり処分していこうと思っています。
あとが大変になりますからね。
大事にしてきたものも、ふと もう必要ないなと思う時があります。その時が片付けのタイミングですね。

2016-03-24 20:11 | シロめっちラピ母さんへ #- | URL [ 編集 ]

ワッチ~さん ありがとうございます(^_^)

母を連れて来て最初の頃は、母が自分でできるようにすることを目標に 私も頑張れました。
手すりもついて、母も自分でトイレなど移動ができるようになってきました。
手すりはまず一番に必要ですね。 介護保険で20万くらいかかるのが1割負担で済み とても助かりました。これだけでもありがたかったです。

落ち着いてくると、人と接する機会も少なくなって家にいるだけの自分がまいってきてしまいます。
それで、介護をしながら 自分のために楽しみを見つけて過ごすことも考えていろいろやってきました。

いい感じになってきたと思ったら1年後 次々辛い出来事が続いて、私までガン末期を宣告されているような感じで、母を最後まで看れないと不安を感じたりしました。
でも奇跡が起きて復活、介護も1年で終わることなく良かったです。

今の時代、家はあっても 子どもたちが一緒に住まなくなっているのがさみしいですね。
我が家もどうなるのかな
2016-03-24 20:28 | ワッチ~さんへ #- | URL [ 編集 ]

私にも年老いた母がおりますが
まだまだ何でも自分でできるし、
階段しかないうちの団地を3階まで毎日上り下りしてます。
最近、さすがに足が弱って来て杖をついてますが
趣味の俳句の会の役員に今年あたってしまい
それでも張り切って頑張ってますので助かってます。
でもいずれは介護の時期が来るのだと思います。
えがおさんのこのブログを読むようになってなお更実感するようになりました。
3年前は大変だったのですね。
でも倒れる寸前まで頑張って乗り越えられたんですね。すごいです。
やっぱりやせ衰えていく母親を見るのはつらいですもんね。
よっぽどの覚悟をされたんだと思いますが
もう尊敬です。普通だったら施設へ入れてしまうと思う。
自分が果たして母をそこまで介護できるか自信がありませんもの。

人間の生命力ってすごいですね。
そんなお母様が今では足上げ運動まで出来るようになるとは。
それもこれもえがおさんの努力と気力と愛情ですね。
今日も元気にワッハッハ~の精神も。

お母様が元気で長生きされますよう、お祈り申し上げます。
2016-03-24 23:04 | よっさん #- | URL編集 ]

よっさんさん ありがとうございます(^_^)

よっさんさんのお母様 3階まで上り下りができるってすごいですね! 楽しみや頑張れることがあるのも元気のもとですね。
母も 目がもう少し見えていたら、まだまだ自分で頑張れたと思います。
転倒して入院するまでは、なんとか手元だけ見えていて、自分でご飯も作ったりしていたので。
危ないので、外は出れず 買い物や掃除などは ヘルパーさんが助けてくれていました。

父が突然余命2カ月の宣告をされた時、こちらでいろいろ大変なことがあって 何もしてあげられず、遠くて死に目にも会えなかったんです。
後悔して そのことをずっと引きずっていました。
なので母も早くひきとりたかったのですが、我が家で義父を看ていたので なかなかできなくて、葛藤の毎日でした。
ようやく母を連れて来れると思った時には、母の目は ほとんど見えなくなっていて悲しかったです。

介護も気持ちはあっても、いろいろな事情でどうしても無理なこともあります。
その時には、施設を頼ることもいいと思います。
仕事や家族をかかえていたり、自分の生活がめちゃくちゃになっては 良くないので。

私が 少しでも楽したくて、最初は大変でしたが できるだけできることは自分でやってもらうように一緒に訓練しました。
介護って、全部やってあげてはいけないんですよね。

慣れてきて、母も うるさい娘だ!と思ってると思います(^_^;)
娘だからまたいいんですよね

なんとか今の状態がキープできるといいなあと思っています。
2016-03-25 11:55 | よっさんさんへ #- | URL [ 編集 ]

コメントの投稿



管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://egao64.blog.fc2.com/tb.php/625-29961de2

 | ホーム |  page top